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Pokemon QuestⅢ:砂漠の魔獣2~The Mystic Moonray~⑱ 【2008/07/20 16:54】
【前書き】
一昨日お知らせいたしました通り、PQⅢ第十八話、今回お送り致します。

今回の話は、執筆期間としては、実はそれほど長くないです。実は今週水曜日に始めて、その日のウチにほぼ出来上がっていたという(爆)。
内容自体、伏線ということもあるので、そんなに悩む必要がなかったんだと思いますが。

・・・しかし、文字数で言うと、なんと10,236文字(※多分スペース含む)・・・f^_^;

だんだん長くなっていってますねwww
(ケータイから読まれてる方、本当、申し訳ございません;)

そろそろPQⅢも、佳境に入ってきているので、何とか収集つけたいトコロなんですけど、あと二話ぐらいでケリがつけられるのだろうか;
・・・頑張りますm(_ _;)m

あ、勿論「砂漠の魔獣シリーズ」としては、まだまだ続けていく予定です。

・・・ってか、一体いつ終わるんだ、このシリーズorz


なお、コメ返しはまた明日です、すいません;

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓


第十八話:三日月の化身(後編)
>>はじめから >>前回の話

鳥・・・鳥が飛んでくる音・・・。

バサ、バサ、バサ・・・。

黒い・・・黒い鳥が飛んでくる。黒くて、大きな鳥が・・・。

闇・・・闇が、私のもとへ飛んでくる・・・。

ぐわぁぁぁぁ!

声・・・大きな、鳥の鳴き声。

闇が、私を殺しにくる・・・!

「死ねぇ!!」

バッサ、バッサ!

嫌だ、死にたくない!

私はまだ、こんなところで死ぬわけにはいかないんだ!

ガシッ!

・・・痛い!掴まれる肩・・・痛い!

「もう、逃げられんぞ!」

・・・嫌だ、死にたくない。

殺されるもんか・・・殺されるもんか!

バシューン・・・!!!

光・・・飛んでく、光。

闇にぶつかって、炸裂する!

ぐぎゃぁああぁぁあぁぁああぁああ!

悲鳴・・・怖い、悲鳴・・・。

やっちゃった・・・私、やっちゃった。

紅い・・・紅い血。

黒い鳥の羽を染める、紅い血・・・!

私、私・・・!

「いぃぃぃいいいいいいぃぃぃやあああぁあぁああぁああぁあぁ!!!!」


「パミー!しっかりして、パミー!!」

母親の声に、幼きキルリア、パミーは目を覚ました。

きょろきょろ、周りを見渡すと、とても見覚えのある風景だった。当たり前だ、ここは自分の家の、ベッドの中だ。

ほっと安心したのも、しかし束の間のこと。部屋の隅に、まだそう見慣れていない魔道士が座っているのを見ると、パミーは怖がって、両手で蒲団を引っ張り、そこに顔を半分ほど潜らせてしまった。

それを見て、その魔道士は苦笑しながらこう言った。

「やれやれ、ワシは、すっかり嫌われてしまったようだな」

「・・・申し訳ございません、大魔道士様。この子のことはお気になさらず・・・ささ、どうぞ、食堂でお待ちください」

母親の声に促され、魔道士は部屋から出ていった。

母親とふたりっきりになると、パミーは少しだけ、顔を布団の中から出した。まだ少し、体が震えていた。さっきの怖い夢が、頭の中に残像として残っていた。

迫りくる闇、身も凍るような恐ろしい鳴き声。そして、紅い血の色・・・あんなにはっきりとした恐怖を夢に見たのは、生まれて初めてのことだった。

「・・・もう、だいじょうぶ?」

母親は、そんな娘を慰めるように、優しく、頭を撫でてやった。

そうされると、パミーの震えは、だんだんと治まっていった。なんでだろう、なんでこんなに落ち着くんだろう。やっぱりこれも、ママの強い魔法の力だろうか。

「何も、怖いことはないのよ。全部、夢だからね。パミーのことは、ママがちゃぁんと守ってあげるから、何も心配しなくていいの」

そう言うと母親は、娘のおでこに軽く、キスをしてあげた。

もう、すっかり安心しきったパミーは、それからまた、うとうとしはじめた。心地いい・・・なんて、ふかふかした気持ちなんだろう。

もうさっきの夢の残像なんて、これっぽっちも残っていなかった。もう、怖いものは何も無いんだ。ずっとずっと、私は、ママの傍にいられるんだ。

パミーは規則正しい寝息をかき始めた。もはや、悪夢なんて見ていなかった。夢を見ているとすると、それは間違いなく、優しくて、幸せな夢の筈である。

そんな娘の寝顔を見ながら、母親も安心したような表情になった。

が、しかし。それは一瞬のことだ。

母親は、娘を起こさないよう、そっと立ち上がると、部屋をあとにした。

「・・・もう、大丈夫なのか、あの子は」

少し暗い表情で食堂へ戻ってきたデイジーに、ンゲは言った。

「えっ・・・あっ、はい!すいません、ご迷惑をおかけして・・・」

彼女は慌てて、表情を取り繕おうとしたが、ンゲは食卓のコーヒーを飲みながら、冷静な顔で、ゆっくりと首を横に振った。

「なに、謝るべきはワシだよ。すっかり忘れとったな、キルリアが、触った相手の思いを読むことができるということを。きっとあの子には、色々とワシのくだらない過去の思い出を見せてしまったのだろうな」

「・・・あ、あぁ、ご存じでしたか」

デイジーは、すっと、自分も食卓へ腰かけた。彼女の前に並べられていた料理には、まだ少しも手をつけられていなかった。

気絶した娘を家に運び、それから彼女が目を覚ますまでには、暫く時間があった。先にデイジーは、ンゲに食事を用意して食べさせたが、自分は娘のことが心配で心配で、とても食事をとる気にはなれなかったのだ。

「・・・申し訳ございません、これしきのことで動揺してしまって・・・私もまだ、魔道士として未熟ですね」

「いや、そんなことはないさ。母親として、当然のことだと思うがね」

ンゲは冷静な顔のまま、再びコーヒーを飲んだ。

と、その様子を見ていたデイジーは、急に表情を緩めた。突然、ぷっと、笑い出してしまった。

「うふふっ!」

あっけに取られたのは、ンゲの方である。相手が急に暗い顔から、明るい表情に変わったのだ。それに、マトモな対応をしろというのが無理な話である。

しかしデイジーの笑い声は、寧ろ泣いているようにも取れた。所謂、笑い泣き、というやつである。感情が一気に爆発した、そんな様子だ。

「うふふっ・・・ご、ごめんなさい」

デイジーは、目から零れる涙を必死に拭いながら、そう言った。それにンゲは、あ、あぁ・・・と、動揺するような声で、なんとなく応えた。彼も、気持を取り繕おうと、再びコーヒーを一口飲んだ。

「い、一体どうしたんだ?」

デイジーはまだ、笑ってるのか泣いてるのか、よくわからないような表情のままであった。

「いえ・・・折角こうやって、大魔道士様をお迎えしているのに・・・何だかドタバタしちゃって、申し訳ないな、って・・・」

居心地悪いですよね?そう訊かれると、ンゲも、苦笑せざるをえなかった。

「・・・あぁ、正直言わせて貰うと、全くその通りだな。客人として迎えられながら、完全に蚊帳の外だよ。カラサリスの群れの中のマユルドにでもなった気分だ」

・・・しかしまぁ、お互い謝り合うのも、もうよしとしようじゃないか。魔道士はそう言うと、にっこりと笑みを浮かべた。

「よくぞ、女手ひとつで子を育てているものだよ。実を言うとな、ワシも幼き頃、父親一人が家族だったんだ。それも、貧乏な羊飼いの父親だ。色々、苦労させたもんさ・・・だから、おヌシのような母親を見ていると、どうしても他人とは思えなくての」

デイジーはようやく、気持を落ち着け始めた。自分も、目の前にある、もうすっかり冷めてしまっているコーヒーのカップを手に取った。そしてそれにミルクを入れると、両手でカップを包むようにして持ち、じっと、ミルクが渦を巻く様子を眺めていた。そうしながら彼女は、ゆっくりと口を開いた。

「デイジーは、本当は私の娘じゃないんです。捨てられた子なんです・・・10年前の、戦争中に」

驚いて、ンゲは手に持っていたコーヒーのカップを、テーブルに置いた。彼女はそのときのことを思い出しながら、一つ一つ、言葉を探るように、話を続けた。

「あの頃は、ポケモンがポケモンを殺し、奪う、とても恐ろしい時代でした・・・それには大魔道士様も、自ら参戦なされたと聞き及んでおります。戦いについては、私よりも詳しくご存じの筈でしょう。しかしその頃、我々、里の魔道士はというと、不干渉主義に徹していました。その戦争は、長くは続かない、そのことを知っていたからです」

・・・ただ、その代わりに、戦の陰で悪事を働く者たちを取り締まっていました。火事場泥棒や、貧困を逆手にポケモン同士を売り買いする、ポケ身売買。戦時中には、そのようなことをする輩が、多く蔓延るのだ。正に、土地が破壊され、ポケモンが破壊され、ポケモンの持つ価値観そのものも破壊された時代の、負の遺産である。

「そのとき私が倒した、ポケ身売買の商品の中に、あの子の入った卵があったんです。他のポケモンは殆ど元の家庭に帰された中で、あの子は・・・勿論、あの子がまだ卵の状態だったからだというのもあるのでしょうけれど、誰も親が見つからなかったんです。その上、施設にも入れてあげられなくて・・・」

戦争で親元の見つからなかった子どもは、戦争孤児ということになる。そうした子どもたちは、共同して彼らを育てる施設に送られるが、全ての子どもが入れるというわけにはいかない。特に、子どもの年齢が著しく低かったり、更にはまだ卵の状態であるということになれば、より育成が困難になるため、入れて貰えない場合が多いのだ。

「ですからあの子は、私が育てることにしたんです・・・これは責任というよりは、寧ろ運命であるように、私は感じました。きっと天が、私こそあの子を育てるに相応しいと、授けてくれたものだと思うことにしたんです。あの子が、私の幼少の頃と同じ、ラルトスの姿で生まれてきたときは、私は驚きませんでした。思った通りだったと、寧ろ納得しました」

その話を聞きながら、ンゲは再びカップを手に取り、コーヒーを飲んだ。なるほど、そういうことが・・・。深く、感嘆するような台詞だった。

「ただあの子は、他の子どもに比べて、特別なところがあります」

デイジーは、すっかりミルクと混ざり合ったコーヒーを一口飲むと、ンゲと顔を合わせて、そう言った。ンゲは改めてカップをテーブルの上にコトリと置き、話を聞く姿勢を作った。

「あの子の魔力は、他の子どもに比べて、とても強いんです・・・本人は気付いていませんが、ひょっとしたら私をも遙かに凌ぐ力を備えているのかもしれない。以前、メランクサ様からそう教えられたことがあります」

ですから、大魔道士様。それからデイジーの顔は、真剣だった。勿論これまでの回想がフザケていたということはないが、より切羽詰まったような表情で、彼女はンゲを見て言った。

「あの子が大魔道士様に触れたというだけで気絶してしまったのも、恐らくはあの子の能力のせいです。いくらキルリアが触れた者の心を読めるといっても、僅かなもの・・・何となく嫌な記憶を感じ取ったとしても、少しびっくりするだけ、それで治まることでしょう。しかしあの子ったら・・・まさか気絶しちゃうなんて。もしかしたら大魔道士様の中から、よっぽど消してしまいたいような、暗い部分を引き出してしまったのかもしれません。・・・そんなことをされたなんて、大魔道士様ご本人にとっても、決して愉快なことではないでしょう?何とお詫びしたらよいか・・・」

ンゲはそのことに、またニッコリとしながら、首を振った。

「いやいや、そのような過去を未だに抱えていたワシこそ悪いのだ。・・・というか、先ほど言うたばかりではないか、お互い謝り合うのも、もうよしとしようとな」

・・・す、すいません・・・。しかしデイジーは、再びそう言って、視線をカップの中に沈めた。それを見ながら、ンゲはまた、優しい表情を作った。

「やれやれ。おヌシは、何でも素直に話してくれて、とても気が休まるの」

えっ、と言うデイジーに、ンゲは続ける。

「いやな、さっきのキュウコンとは対称的だと思ってな。全く、話を聞きながら気の休まることは一度もなかったわ。なんせ、こっちの訊ねたいことを、あの長は何一つ語ってくれなんだからの。こちらとしては、余計に疑問が増えるばかりだったわい」

うふふ、デイジーは笑った。

「いえいえ、そんなことはありません。メランクサ様も、あの方なりに、とても真摯になって、お話をしてくださっているのですから」

・・・でも確かに、“じんつうりき”でこちらの心が読まれてしまうのは、少し怖い気もしますけどね。そう付け加えると、ンゲも、実に愉快そうに笑った。

「あっはっは、違いないわい」

緊張の糸は、もうすっかり解けていた。これまで、ずっと緊張の連続であったのだ。どれほど“せいしんりょく”の高い大魔道士でも、流石に耐えられることではなかった。この、デイジーの家でのひと時は、そんなンゲにとって、優しい、束の間の休息となったようだ。

その後、ンゲはデイジーの用意してくれた、暖かい布団の上で、横になった。デイジーは、娘の部屋に戻った。優しい子守唄でも聞かせながら、二人で眠るのであろう。先ほどの話を聞かなければ、血の繋がった優しい親子として、何の疑いもない。いや、例え血の繋がりはなくとも、恐らくそれ以上の強い絆が、二人にはあるのだろう。それこそ本当の親子の姿であると、ンゲは思った。

親子・・・そのことで、彼はまた、思い出したことがあった。暗い、暗い過去の思い出だ。恐らくパミーが引き出したのも、あの暗い記憶だろう。そう思うと、胸が締め付けられた。あの、消してしまいたい、辛い血の記憶だ。あんなものに、自分はまだ縛られていたのだろうか。

・・・預言を追い求める者を導くのは、あたしら里の魔道士の仕事・・・だけど、あんたの迷える心は、自分自身で導かなくっちゃならないね・・・。メランクサの言った台詞が、再び思い出された。

「コガラシ・・・」

ぽつりと、ンゲは呟いた。あの記憶に縛られているとすれば、コガラシこそ、その証拠であるように思える。だったら、どうしようというのだ。ワシがコガラシと出会ったことは、やはり間違いだったとでも言うのか。ワシはまだ、何か後悔の穴埋めをしているに過ぎないというのか。

いや、余計なことは考えなくていい。今は、目の前のことに集中するだけだ。いよいよ明日・・・明日、ワシは“三日月の化身”に出会える。そうすればきっと、道は開ける。もう迷うな、大魔道士よ。お前の進むべきは、ただ一つなのだ。一つしか無いのだ。

しっかり自分にそう言い聞かせると、ンゲは、ゆっくりと目を閉じた。


「・・・というわけで、王子さまとお姫様は、それから幸せに暮らしましたとさ。おしまい!ホラ、さっさと寝るで、レダ!」

「え~っ、もう一冊読んでぇ~!!おねぇちゃん!」

「あぁっ~!もう、やかましいなぁ!勘弁してくれや!ワイら、明日忙しい言うてるやろ!お前だって、明日の祭り、寝過ごして行けんでもえぇんか!?」

「えぇっ~!!祭りに行けないなんて、嫌だ!嫌だよぉうっ!」

キノガッサ王の治めるオアシスの国の、ある小さな診療所で、夜も深いというのに、なんだか愉快な声が聞こえてきた。その診療所の医者に養育されている、その国の第二王子、キノココのレダと、診療所の居候をしている行商のニャース、キホーテである。

キホーテは診療所の医者、ニューラのレオナからの頼みでレダを寝かしつけるよう、物語を読み聞かせてほしいと頼まれていたが、何冊読み聞かせても、レダは一向に寝静まる気配が無い。何を読んでも、もう一冊、もう一冊・・・元気が有り余りすぎているのだ。

キホーテは明日、祭りの出店に出店して稼がねばならないという身なのに、こうまでレダにこき使われて、もはやクタクタだった。本を読み聞かせている方が、寧ろ眠たくなってくるのである。しかしそうやってうつろうつろしながら、一字読み違えるような箇所があると、レダは容赦なく、文句を言ってキホーテを起こしにかかるのだ。それは、「さ」じゃないよ!「き」だよ!似た文字だからって間違えないでよ!ホラ、今度は「さ」を「ち」って読んだじゃん!そんなの、ボクだって間違えないよ!・・・やれやれ、自分で読めるんだったらそうしてくれ。

「ホラ・・・レダ、コガラシを見てみい。もう、ぐっすり寝とるやろうが。こうやってな、ちゃんと寝るやつこそ、立派な子やと言えるんやで。だからお前も、コガラシを見習って・・・」

と、キホーテは傍らのベッドで寝ている筈の、同じく居候のヤミカラス、コガラシをレダに示そうとしたが、

「・・・おい、コガラシ、お前何しとん?」

「どうしたの、おにぃちゃん。窓の外なんか見ちゃって」

何も言わないからてっきり寝ているものと思っていたのだが、コガラシは身を起して、じっと窓の外を眺めていたのだった。

「・・・あっ、えっ・・・いや、その」

自分の名を呼ばれて、初めてコガラシは彼らを振り返った。隣でぎゃあぎゃあ喚いていたのに、今まで全く無反応だったとは、もはや感心するに値する。

「・・・あっ、ひょっとしてお前、明日カタナさんに会えんのを楽しみにしとるんやないかぁ~?」

言われて、コガラシはぎょっとした。

「・・・ちょっ、な、何おっしゃるんでござんすか!?なんでそこでカタナさんの名前が・・・!?」

「ぷぷっ、別に隠さんでもえぇやんか。今日の昼、お前の様子を見て、ピーンときたったで!」

そう、その日の昼のことだった。前の日に仕事で訪問したエアームドの屋敷があったのだが、今日は客としておもてなししたいという誘いの手紙が、屋敷の娘、カタナから送られて、商品の仕入れの時間を少し割いてではあったが、彼らは再び屋敷へ訪ねることになったのだった。

ちなみに、手紙は、メイドのコダック、オムライスによって運ばれてきた。街中をバクーダのロシナンテに乗りながら移動する彼らの前に、いきなりだばだばと走ってきたもので、ロシナンテはつい誤って、彼女のことを踏みつぶしてしまった。しかし漫画のようにペラペラの姿になりながらも、彼女は何とかお嬢様の手紙を、彼らに渡すという仕事は、ちゃんと全うできたのだった。

手紙を送るのにもいちいち命がけの、可哀そうなメイドである。

まぁそれは兎も角として、彼らが屋敷の中の客室に通され、エアームドのお嬢様、カタナを前に、例のあの豪華なテーブルの席に着かされたとき、どうもコガラシの様子が、もじもじと変であったのだ。前の日には何にも気付かなかったキホーテにも、流石にそれとわかるくらいに。

特に、カタナから次のような誘いを受けた時のコガラシの態度は、もはや決定的であった。

「明日の祭りの夜、花火が打ち上げられるの。コガラシさん、もしよかったら私と一緒に、花火を見に行ってくださらないかしら?」

どーん。

効果音で表現するなら正にそのように、花火が打ちあがったような感じであった。コガラシの体は天井まで打ち上げられ、まさか破裂こそしなかったものの、強く頭をぶつけ、地上まで帰ってきたときには、昇天しました、というようなアホな表情に変っていた。

だっ、大丈夫かしらっ・・・?慌ててカタナは安否を気遣うように、倒れたコガラシの元へ駆け寄ったが、それは杞憂だった。コガラシはすぐさま、起き上がりこぼしのように立ち上がると、緊張で我を忘れたような声ではあったが、こう答えたのであった。

「よっ、よっ、よよよよよ・・・喜んで!あっしのような、しがないヤミカラスでよろしければ、ぜぜぜっ・・・是非っ!!」

成る程・・・コガラシも、ひとりの男であったというワケだ。ニヤニヤしながら、隣でキホーテは、もてなしに出されたマゴの実ケーキを一口食べた。

その瞬間、キホーテもコガラシと同じように、天井に打ちあがったハナシは、別にここでしておく必要は無かろうか。原因は勿論、キホーテのケーキが、こっそりカタナの母親が作ったカラシ入りケーキとすり替えられていたことによるのだが。所謂、オヤクソクというやつである。

・・・つまり話を戻すと、その日の昼、コガラシは愛しの女性から、何とデートの誘いを受けてしまったのである。よって、そのことが原因で、こんな夜中、彼はなかなか寝付けず、ぼーっと窓の外を眺めていたのだろうと、キホーテは予想したのだが。

「・・・ち、違うでござんすよ!あっしはただ・・・ちょっと、ンゲ様のことを思い出してたんでござんす・・・」

顔を真っ赤にしながら、否定するコガラシ。

「ンゲ様?・・・あぁ、あれか。お前の連れやったっていう、魔道士のことか?」

何くだらんこと考えとるん。そんなん、今はまだ思い出さんでえぇやろ。ほら、さっさと寝るで。キホーテはそう言って、蒲団を被った。

コガラシは、ふっと笑った。それは彼女なりの、優しい対応であることが感じられた。

「あぁん、ご本読んでよ、ご本~!!」

レダは、まだ駄々をこねている様子であったが、それももうじき、静かになるだろう。

街の広場では、夜を通して、祭りの準備が行われていた。噴水の北側には高い櫓が組まれ、その頂上では二匹のオタチが双眼鏡を持ち、夜間の祭り会場の見張りを行っていた。

「異常なーし!」

「異常なーし!」

口々に、そう叫ぶ。

彼らの下では、警備服に身を包んだポケモンの一隊が、ザッザッザッ、と、隊列を組んで駆けて行った。その音に、夜中に近所迷惑だと言って苦情を出すものはいない。それも一つの、街の風物詩となっていたりもするのである。

オタチらは、そんな彼らにも挨拶をする。

「お務めご苦労!」

「お務めごくろ・・・!」

と、一匹が語尾を詰まらせた。

「むっ、どうした!?何か異常か!?」

「・・・あ、いや、その・・・」

少し取り乱した方のオタチは、再び警備員たちの姿を双眼鏡で追う。しかし街の本道に向かう彼らの姿は、もう背中しか見えなかった。大丈夫・・・だよな。彼は、自分の胸に言い聞かせた。何やら警備員の中に、ひとり、異様なまでに悪人面の者がいた気がしたのだが・・・。

「・・・いえ、何でもありません」

彼は再び、会場の見張りに戻った。

さて、オタチが見つけた悪人面のそのピカチュウ、威音(いおん)はというと、とても不満げな顔をしながら―-元から不満そうな顔ではあるが、今はそれを一層感情のこもったものにしながら――警備員の列の中で走っていた。大きな祭りの警備ということで、特別他所から派遣されてきたが・・・果たして、この警備が本当に必要だったのか。ひょっとしたら自分たちは、ただの見世物の一つになっているのではないか、既にそんな不満が芽生え始めていた。

「・・・こらっ、新入り!足が遅れているぞっ!」

「あ、はっ・・・はい!」

「ちがう!返事は、イエス・サーだ!覚えろ!」

「イエス・サー!」

しかし、注意されたことで、彼の思考は元に戻った。そうだ、今はくだらない考えを起している場合ではない。祭りの平和を守ること、そのことこそが我々の使命。市民の不安は、私が取り除かねば!

・・・しかし、そんな彼こそ、市民の不安の種になっていたことは、彼には知る由も無い。

「・・・ママー、今度の警備員さんの中に、なんだか怖い顔のポケモンがいるよー」

「しっ!・・・ぼうや、さっさと寝なさい!」

そんな声が聞こえた後、街のアパートの窓が一つ、バタンと閉じた。

深夜のスタジオでは、まだ祭りの出し物の練習に励んでいるものもいた。チャーレムの一団は、踊りの練習に余念が無かった。ドゴームたちのバンドも、まだまだ、熱を冷ます様子は無かった。

一方、外で堂々とコーラスの練習をしていたのは、街の役所に勤めるプクリンを筆頭としたグループであった。それも夜中だというのにクレームが無いことの理由は、各自の想像に任せることとしよう。

コックのゴーリキーたちは、夜の厨房で、明日の祭りのスペシャルメニューのための仕込みを、まだ行っていた。手を抜くな!しっかり煮込めよ!そこはまだ、昼間のような熱気で満ち溢れていた。

役所で入国管理官として働くドーブルのシャラクは、上司に先を越されて、まだ残業に取り組まねばならなかったが、それも丁度今、終えたところであった。今日一日で自分が書き上げた何枚ものパスポートを、机の上でトントン、と丁寧に揃えると、同僚のハヤシガメ、ナツキに渡した。

「お疲れ!シャラク。これで全部だな。・・・よっしゃ、じゃあ、これから飲みにいこうぜ!」

しかし疲れた表情のシャラクは、遠慮するように、手を振った。・・・もう、酒はコリゴリである。

そして、役所の窓から見える月を見ながら、一つ溜息を吐き、こうひとりごちたのだった。

「・・・はぁ、レオナさん・・・」

さて、その思いの相手はというと、今晩もサンドパンが寝ているベッドの傍の椅子に腰掛け、彼の看病を行っていた。

安らかに寝息を立てるサンドパンを見ながら、彼女も安心してうとうととし始めていたが、サンドパンが寝がえりを打ったために、彼の体から蒲団がずれ落ちてしまったのに気づくと、ふっと目を覚まして、手を伸ばし、蒲団を上に引っ張ってあげようとした。

そのとき、寝ているサンドパンの手が伸び、急にぱしっと、レオナの手を掴んだ。彼女は一瞬驚いたが、どうやら彼は寝ぼけているだけだと、すぐに気付いた。

しかしレオナは、サンドパンの手を、振りほどこうとはしなかった。反対側の手で蒲団を引っ張ってあげると、掴まれた方の手は、ずっとそのまま、掴まれたままでいてあげた。

そうしながらレオナは、何だかとても優しい気持ちで、自分の心が満たされていくのを感じていた。そうしてふたりは、お互いの手を繋げたまま、一晩を過ごした。

祭りの前の日の夜は、ゆっくり過ぎていった。レダもキホーテも、もうすっかり眠ってしまって、穏やかな寝息を立てていた。しかしコガラシは、蒲団の中に潜りながら、もう少しだけ、月を見ていようと思った。その形は、もう殆ど三日月の形をしていた。

この、同じ月が昇る空の下の、どこかにいる魔道士が一体何をしているのか、コガラシにはわかる筈もなかった。ひょっとしたら、またどこかの城の中の、綺麗なベッドの中で、或いは、砂漠の中の岩陰で、冷たい夜風に晒されながら寝ていることもあるかもしれない。どちらにしても、彼は何とか、無事に過ごしている筈だった。

そして彼も、今きっと・・・ただ何となく、何となくではあるけれど、彼も今、きっとコガラシのことを考えてくれているような、そんな気がしたのだった。

>>第十九話に続く
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Pokemon QuestⅢ:砂漠の魔獣2~The Mystic Moonray~⑰ 【2008/04/28 21:34】
第十七話:三日月の化身(中編)
>>はじめから >>前回の話

ンゲがロコンに案内されて辿り着いたのは、赤いレンガで立てられた、洋館のような建物であった。屋根は煤けており、壁も苔むして、たいそう古い感じではあったが、里の端の方に位置するそれは、堂々とした佇まいで、まるでこの里全てを見渡しているように思えた。

「ここが、里長の館です」

ロコンが言う台詞は、ンゲには大体察しがついていた。また、その里長たる者が、いかなるポケモンであるのかも。

ロコンは再び後足だけで立ち上がり、前足で洋館の扉を開くと、ンゲに中に入るよう促した。ンゲはそれに頷き、一歩を踏み出す。彼にはもう、迷いは無かった。確かに、不審な気持ちも無かったわけではない。なぜこのように、自分の知らぬ者たちに、ワシは導かれているのであろうか。考えてもみれば、まだ敵とも味方ともわからぬ者たちだ。ワシはそれに、こう、のこのこと付いてきてしまったのだ。

それも、“三日月の化身”に縁のある者たちだ、預言の力によって誘われていると考えれば、納得もいく気がする。ただそれにつけても、自分の意思とは裏腹に、己の道が定められてしまうというのは、あまり気分の良いものではない。

しかしながら、人生どんなところにチャンスが転がっているやもわからぬのだ。もしかしたらいい結果になるかもしれない、そう思ったら思い切って飛び込んでみるのも一つの決断だと、そうコガラシに教えたのも、ンゲ本人である。そう、彼にとってはこれも自分の下した判断なのだ。ならば、もはや迷うべきものは何も無かった。

ンゲは、洋館の内部へと進み出た。エントランスはちょっとしたホールのようになっており、天井は高く、ユリの花を模ったようなランプが五つも付いた、洒落た感じの照明器具が吊るされていた。光源となっているものは勿論、魔道の力だろうが、それは外の街灯よりも明るく、温かな輝きであった。壁には様々な絵画が飾ってあったが、描かれているのは、ロコンの絵が殆どで、その他は全て静物画である。ロコンの絵画を見ると、そこに描かれているロコンたちは、実に様々な服を着ていた。ンゲをここまで連れてきたロコンが着ているエプロン姿の絵画もあったが、それは一枚だけだ。

そして、描かれているロコンの齢も、実に様々だった。生まれたばかりのロコン、よちよち歩きのロコン、野原を無邪気に駆け回る子どものロコン・・・そして、煌びやかなドレスに身を包み、すっかり大人に成長した様子のロコン。それはまるで、その絵のモデルとなったロコンの成長を、記録としておさめているような気がした。

モデルとなっているのは、ワシをここまで連れてきた、このロコンじゃろうか。ンゲは思ったが、わざわざ本人に尋ねるようなことはなかった。ンゲは、元々寡黙な老人なのである。

「この階段の上が、応接室になっています」

そんな寡黙な相手に対しても、相変わらず元気な声で、ロコンはンゲを案内しようと階段を駆け上がった。それに続いて老人も、緩やかなカーブを描くその階段を登る。上へ辿り着くと、両開きの石の扉が現れた。ロコンは前足で扉を奥に押すと、扉は重々しく、ぎぃぃぃぃっ、という古く軋んだ音を立てて開いた。

そして、扉の向こうでは、幅広のテーブルの奥のソファの上で、ンゲの思った通りのポケモン、キュウコンが、ちょこんと座っていた。

「ようこそ、大魔道士。あたしが、この里の長、メランクサだよ」

砂漠で自分を助けてくれたあの黄金の魔道士を前にして、ンゲは恭しく礼をする。

「お招きいただき、とても光栄です、メランクサ殿。私、名をンゲと申します」

「ははっ、なんだい。そんなに急に改まることないさ。長といっても、単に歳を喰ってるだけのこと。王様ほど偉くはないよ」

相変わらずの口調で、彼女は言う。そして、傍に寄るよう、ンゲを手招きした。

「ささ、手前の椅子に腰掛けるといい。道中、疲れたことだろう。かやめ、お客さんにお茶を出しておやり」

メランクサの言葉にロコンは、かしこまりました、と言うと、扉の外へ駆け出した。石の扉は、開いたままだった。

「・・・おい、かやめ!扉を開けたままだよ!」

しかし、その声は本人には届かない。その状況に、メランクサの前の席に腰掛けようとしていたンゲは、再び立ち上がり、扉を閉めてやった。

「ははっ、可愛い娘じゃないか」

と、顔に僅かばかりの笑みを浮かべ、ンゲは言う。メランクサは苦笑しながら、しかしこう言った。

「かやめは、あたしの娘じゃないよ。ただの使用人さ」

それは、予想外の答えであった。ただの使用人・・・ならば、あのエントランスホールに飾ってあった絵画は?あれらは、あのロコンを描いたものではないのか?

少し疑問は残ったが、ンゲはただ、そうか、と言うに止まった。別に、大した問題ではないだろう。今は、それよりも大事な話がある筈である。

ンゲは、メランクサの前の椅子の上に、ゆったりと腰掛けた。持っていた杖は、横に立てかけて置いた。メランクサは、そんなンゲの動作を、赤く輝く目で見つめていた。その目は、まるでルビーの宝石のような輝きを持っている。見つめ返せば、そこへ吸い込まれてしまうのではないかと思うほど、透き通った美しい目であった。

ンゲは、改めてメランクサの容姿を見た。黄金の輝きを持つその姿は大そう艶やかで、若々しささえ感じられるようであったが、キュコンの毛が黄金ということは、それはそのキュウコンが、かなりの高齢であることを示している。恐らく彼女は、初老である自分よりも、遥かに長い年月をこれまで過ごしてきた筈だ。

彼女であれば、きっと“三日月の化身”以外にも、様々な知識を持っているに違いない。ひょっとしたら、砂漠の魔獣についての情報も、彼女は持っているのかもしれない。いや、そうに違い無い。そんな確信が、ンゲの心の中で芽生えた。

と、メランクサはフッと微笑み、口を開いた。

「あんたには、多くの悩みがあるようだねぇ、大魔道士ンゲ」

ンゲはそう言われて、ハッとし、些か赤面した。まるで、自分の心を読まれたかのようであった。否、読まれているに違いない。なにせ相手は、強い“じんつうりき”の持ち主なのだ。

「まぁまぁ、そう慌てることはないさ。一つ一つ、順を追って説明していこうか・・・大丈夫、時間はたっぷりある」

余裕のある表情でキュウコンは言い、テーブルの下から細長い煙管を取り出し、金色の雁首に丸めた煙草を入れ、指を弾くだけでそれに火をともした。そして、ゆったりと煙草を吸い始める。

ンゲは黙って、その様子を見つめていた。時間はたっぷりある・・・確かに、三日月が昇るまでには、あと一日の猶予があるが、それにしてもくつろぎ過ぎではあるまいか。僅かに憤りも感じずにはいられないような状況ではあったが、彼女が自分から話し始めるまでは、ンゲは何を言うこともできなかった。心が読まれている以上、こちらからは何も訊く必要が無いのだ。

すうっ、と、長い溜息を吐くように、メランクサは煙草の煙を吐き出す。吐いた煙は、バニラのような甘い香りがした。

やがて、応接室の扉が開き、ロコンのかやめが、湯気を湛えたティーポットの乗った盆を持ち、入ってきた。はい、どうぞ。ンゲの前にカップが置かれ、紅茶が注ぎ込まれると、まろやかな香りが広がる。ロコンの毛とそっくりの色をした、オレンジペコーであった。

ありがとう、一言言ってンゲがそれを飲むと、かやめは何やら、緊張した面持ちで、その様子を見守っている。

怪訝な顔をするンゲに、メランクサは言った。

「かやめの紅茶、美味しかったかい?それとも、イマイチかい?」

「・・・あ、あぁ、勿論、美味しいとも・・・」

言うと、かやめはようやく安心して、にっこりとした笑顔を作った。・・・むぅ、若いというよりもこのロコン、少し幼いような印象である。やはり、自分と異なるポケモンの歳を、外見から判断するのは難しいということか。

「メランクサさま、次は何を致しましょうか!?」

と、彼女はとても無邪気な顔で、主人に訊ねた。すると主人は、そうだねぇ、と暫く考えた後、

「そうだ、ピアノを弾いてくれないかい?」

そう言って、部屋の置くに置いてあった、グランドピアノを指し示した。

「ピ、ピアノですかぁ~っ!?そ、そんな・・・お客様の前で、恥ずかしい・・・」

「何言ってるんだい。客がいるからこそ、弾かせるんじゃないかい。ささ、日頃の練習の成果を見せておやり」

かやめを、ピアノの元へ送り出すメランクサ。かやめは、やはり使用人では無く、ただ親からに言いつけられた幼い娘のように、しぶしぶとピアノの前の黒い椅子に腰掛け、ピアノの蓋を開くと、前足を鍵盤の上に置いた。

そして、緊張した面持ちで、すぅっ、と一つ深呼吸をすると、かやめはピアノを弾き始める。ゆったりとしていて、心が澄み渡るような音楽。それは、森の中にある静かな湖の情景を思い起こさせた。

「おぉ・・・これは、これは・・・」

ンゲは、後に続く言葉が無かった。ロコンが、小さな前足を器用に使いながら、ピアノを演奏している風景は、彼にも信じられないものだった。

「・・・勿論あの子は、鍵盤には触れていないよ」

と、その信じられない光景を説明するように、メランクサは言った。

「ロコンの前足でピアノを弾くなんて、無理な話さ。だけど、“じんつうりき”の力を借りれば、何とかなる」

・・・成る程、やはりそういうことか。しかしそれにしても、幼くしてあれほど器用に“じんつうりき”を使いこなせるというのは、充分な凄さを感じられる。かやめの作り出す音は、まるで目に見えない透明な粒となって空中に浮かび上がっては、ぱっと弾けて、きらきらとした輝きをそこらに振りまくようであった。

かやめの音楽が一通り続き、一度転調して、それから再び最初の小節に戻ったころだった。ようやくメランクサは、テーブルの灰皿の上に煙草の灰を落とすと、口を開いた。いつの間にやら、かやめの持ってきたティーポットも、すっかり空になっていた。よほどンゲは、喉が渇いていたのだろう。

「預言の話、魔獣の話・・・色々訊きたいことがあるようだけど、全てを語るには、まず、そうだね。この話から始めようか」

そう言ったメランクサは、何かに思いを馳せるように、天井を仰ぎ見た。それは、大昔の追憶に浸るような、はたまた、小説にあった情景を空想するような様子であった。

「今から何千年も前の話・・・この砂漠は、海に沈んでいた」

かやめの奏でるピアノの音は、ポーンと空中に跳んでは、弾けた。灰皿から昇る煙は、徐々に細くなり、消えていった。中に紅茶の残らないティーポットからは、もう湯気は出ていなかった。長旅の末、大分疲弊した魔道士の体も、本当は早く活動を休め、眠りに落ちることを望んでいたが、しかし彼の意識はそれとは全く正反対に、とても冴え渡っていた。

そして、何百年と生きてきた里の長は、これからこの砂漠の誕生の物語を語り始める。魔道士の中で今、それらの物語を真摯に受け止める体勢が、滞りなく整っていたのであった。


かつて、この砂漠は海に沈んでいた。それは、何百年と生きてきたキュウコンが生まれるよりも、ずっと昔の話、つまり、伝説によるところの話である。

伝説によると、砂漠の誕生には、海底火山の噴火が切欠となったとされているが、もちろんそれは切欠であって、原因と呼べるほどのものではない。海底火山が噴火したところで、島が出来ることすら稀な現象なのだ。ましてや、噴火の一つで海が砂漠と化すことなど、ありえない話であった。

しかし、そのありえない話が現実のものとなった・・・海底火山の噴火を切欠として。もちろん、先程も述べたように、切欠は切欠に過ぎない。原因は、他にあった。

それこそが、魔獣の誕生にあったのだ。

魔獣は、噴火した海底火山より突如生まれ出で、その恐ろしい咆哮によって、辺りの海を一気に干上がらせたのだという。そして、海底に手を突っ込むと、まるでそこから巨大なカブでも引き抜こうとするように地面を盛り上げ、大地を作り上げたのだ。

魔獣によって作り上げられた土地は、しかし直ぐに砂漠と化したわけではない。もともとそこにあった水は、干上がると水蒸気となって空に集まり、巨大な雨雲と化した。そして、集中的な豪雨をそこに降らせると、生まれたばかりの大地を、再び水の中に沈めようとしたのである。

雨は、何日、いや、何年、何十年と、延々降り続いた。魔獣は、折角作り出した大地が再び沈められることに、憤りを覚えた。そして、戦ったのである。前に海を干上がらせたときのような咆哮を、今度は雨雲が覆う天に向かって発すると、雨雲を散らそうとした。雨雲は、直ぐには消えてくれなかった。寧ろ、徐々に膨れ上がっていこうとしているとも思われた。が、魔獣は諦めなかった。雨が何十年と降り続ける中で、魔獣もまた、延々と叫び続けたのであった。

そして、最終的にその戦いに勝利を収めたのは、魔獣である。さんさんと照りつける太陽がようやく天に現れると、雨によって一時潤った大地は、瞬く間に枯れはて、砂漠となっていったのだ。

それが、砂漠が生まれるまでの全ての流れであったが、それらの戦いによって力尽きた魔獣は、とうとう砂漠の中心で、倒れたのだという。

巨大な魔獣の骸は、時を経ると、砂に埋もれ、今は、はるか地中深くに眠っているのだ。

「・・・成る程、古文書にあった通りだな・・・」

ンゲは言った。“大地生まれしとき、それは魔獣が吠えしとき。その咆哮の後、土が地表を覆い、魔獣はその下で長年の眠りへと臥す”・・・。

「まったく・・・信じられないハナシだろう?あたしだって、信じられないさ。そんな伝説上のバケモノが、実在するなんて・・・しかも、一度死んだのに、蘇るだなんてね・・・」

キュウコンは、再び煙管の雁首に煙草を詰め、火を点けると、深く吸った。

「しかし・・・“預言者”は、それを預言したんだ。何百年も前の、あの日・・・」

煙を吐きながら、メランクサは言う。相変わらず、“じんつうりき”で直接心に伝える声で。便利なものだと、ンゲは思った。

「あんた、かやめから聴いたね。“預言者”は、この里に生まれし魔道士であったという話は」

こくりと、ンゲは頷く。キュウコンは、それからまるで、幼馴染の友人について語るように、“預言者”の話を始めた。

「とても・・・頭のいいコだった。そして、魔道士としての素質も高かった。皆の、憧れの的だった・・・」

いや、本当に幼馴染の友人なのかもしれない。メランクサは、再び天井を見た。その思考は、遥か何百年の過去のことを顧みているようである。

「・・・“預言者”はね、預言の力だけじゃあなく、他の魔道士にも無い、とくべつな力を持っていたんだ。わかるね、アンノーンと語る力だ」

成る程。ンゲは思った。“預言者”の作った古文書には、アンノーンが封じ込められていた。そして、里の壁画も・・・あれも、預言者の書いたものだと言われたが、やはり預言には、アンノーンが深く関わっているようだ。

「・・・いや、もっと厳密に言えば、アンノーンこそが“預言者”を生み出したと、そう言ってもいいね・・・」

なんだって?ンゲは、不思議な表情をせざるをえなかった。メランクサの言葉の意味が、直ぐには理解できなかった。アンノーンが“預言者”を生んだ・・・何かの比喩表現だろうか、それとも・・・。

しかし、それ以前に魔道士は、アンノーンというポケモン自体について、まだ知識が浅かった。それを酌んだメランクサは、まずその話から始めることにした。

「アンノーンは、この世界の開闢以来からずっと存在し続けているポケモンさ。その生態については、あたしたちも詳しいことはわからない。けれど言えるのは、彼らが、あたしが生まれるよりも、もっともっと前、開闢(かいびゃく)の頃に誕生し、神々の戦いを傍観してきて、それを今に伝えているということだ」

「神々の戦いを・・・傍観?」

思わず、ンゲも声を漏らす。メランクサは頷き、煙管を口に銜えた。

「さっき話した、この砂漠の誕生にまつわる伝説も、なにも妙な宗教家がでっちあげた作り話ってワケじゃない。全て、アンノーンたちが伝えてきたものなのさ。そして、“預言者”が古文書に記した、“大地生まれしとき・・・”から始まる言葉も、それは唯一、あのコの預言じゃない、アンノーンが伝えてくれた昔話のようなんだよ・・・」

メランクサの話を、全て真摯に受け止めるつもりだったンゲも、あまりに信じがたい事実に、うろたえざるを得なかった。開闢以来より生き続けるポケモン、アンノーン・・・そして、彼らの言葉を理解し、伝えたという預言者。これまで長く生き続けてきたと自分では思っていた魔道士であったが、まだまだ世界には、自分が知らないことが多いのだということを知った。やはり世界にとっては、自分ひとりの存在など、ちっぽけなチリの一つに過ぎないのだと、そう痛感せずにはいられなかった。

「・・・そしてあのコは、アンノーンたちと語っていくうちに、妙なことを口走るようになったんだ。最初は、誰もそれが預言であるとは思わなかった。アンノーンとばっかり話していて、とうとうアタマがおかしくなったんじゃないかとも思われていた・・・でも結局は、あれがあのコの発した、最初の預言だったってわけだ」

煙を吐きながら、メランクサは再び、“預言者”の話に戻った。やはり、昔を懐かしむような、そんな語り口調である。

「・・・“土の上に生まれたある一国の王が死すとき、土の上は混沌が支配する。そのとき再び魔獣目覚め、土を枯らし、世界は砂漠と化すなり”、か・・・?」

話が前後し、ややついていけなくなりそうになるンゲ。かやめの音楽も、いつの間にやらアレグロテンポの曲に変わっていた。相変わらず冷静なのは、煙草を嗜むメランクサだけのようである。

「・・・最初は、そんな具体的な預言じゃなかったよ。もっと漠然としたものさ・・・“世界が砂に沈む”。ただ、それだけさね。知っているだろう?あのコの預言は、少しずつ、少しずつ具体化されていくんだ。まるで、物語でも描くようにさ。少しずつ、少しずつ、構築されていく・・・いつも、そんな具合だったね。そして、預言の更新が行なわれるのは、なぜか決まって、月に一度、三日月の晩・・・」

だがそんなメランクサも、灰を落とすと、煙管をテーブルの上に置いた。ようやく吸い飽きたのか、それとも、それが次の展開へと移る合図のようであった。

「・・・どうして三日月の晩なのか、わかるかい?」

彼女は尋ねる。それは、“預言者”が“三日月の化身”だからではないのか?とンゲは思ったが、その理由までは考えなかった。何も答えられないでいると、メランクサは続けた。

「あたしがさっきも言ったろう・・・“預言者”は、最初から“預言者”だったわけじゃない。そして、“三日月の化身”と呼ばれるようになったのも、ずっと後のハナシさ。あのコは、生まれてから成長する間は、あたしたちと同じ、普通の魔道士だった。そして生涯、そのまんま生きていく筈だったんだ」

アンノーンが、“預言者”を生んだ・・・その言葉の意味を、メランクサは今、解き明かす。

「あのコは、一度死んだんだ。そして、生まれ変わったんだよ、“預言者”として、そして“三日月の化身”として、ね」

「一度・・・死んだ・・・?」

ポケモンが、一度死んで、別のかたちとなって生まれ変わった・・・つまりは、そういうことなのだろうか。いったい、なぜそのようなことが・・・?

「一つには、アンノーンの力だと言われている・・・アンノーンが、“預言者”として、あのコの魂を借りたんだ。勿論、実際アンノーンにそんな力があるのかはわからない。ただ、あたしたち魔道士が考えた可能性の一つを言っているに過ぎないよ」

そして、もう一つの可能性は・・・。言いかけて、彼女は一呼吸置いた。かやめは相変わらず、跳ねるような調子の曲を演奏していた。

「“月”の力さね」

・・・成る程、だから“月の化身”というわけか。ンゲは理解した。月には、不可思議な力が宿されていると考えられている。ポケモンには、月の光を浴びて体の傷を癒す者や、また、その力によって進化する者もいる。中には、そこから生まれ出でたポケモンもいるぐらいだ。ならば、一度死んだポケモンが、月の力によって、また別の姿の生き物へと形を変えることがあっても、何ら疑問ではない。

どちらの説も、なるほどと思えた。しかし今重要なのは、どちらが正しいかということではない。重要なのは、“月の化身”が、一体何者であるのかということであった。けれども、それに関しては、メランクサはこう言った。

「あのコが何者なのか・・・それは、あたしにすら答えられない疑問さね。生きている頃はまだ、あたしのよく知るコだった・・・。今、あのコがどういった理由で“月の化身”なんかになったのか、そして、どんな意志を持っているのかもわからない。ただ、月に一度預言を行なうだけ・・・ただそれだけの、機械のような存在になってしまったのさ」

・・・では、いったいどうして、その魔道士は死んだのじゃ?ンゲはそう訊ねようとしたが、そうすると、彼女は首を横に振った。なんとなく、質問を拒まれているように感じ、彼はなにも言えなかった。

「・・・ただ、言えるのは、あのコの預言が、真実であるということだ」

メランクサが、口を開く。その表情は、先程までの落ち着いた表情とは打って変わって、真剣であった。ピアノの音が、ディミヌエンドしていく。

「そして、あたしら里の魔道士は、その預言を追い求める者を導くことが、目的なんだよ。あんたのように、古文書によって選ばれた魔道士をね」

“古文書自体が、貴殿を待っていたのだ。今こそ予言が必要だというとき、そのときにあの古文書は、自分から貴殿のもとへ、現れたのだ”――今、魔道士の頭の中に蘇ったのは、ブーバー王の言葉であった。やはり、王のあの台詞は、真実であったのかと、ンゲは思った。

演奏を終えたかやめが、ピアノから立ち上がった。そして、緊張した表情のまま、メランクサに顔を向ける。それを振り返り見た主人は、両前足を高く上げて、拍手するようにパンパンと叩いてみせた。

「いい演奏だったよ、かやめ。大分上達したじゃないか」

言うと、使用人は糸が解けたような安心した表情になり、それからニッコリと微笑んだ。

「・・・お茶、また淹れてきますね」

かやめは、そしてふたりの元へ来ると、ンゲの前の空のティーポットを盆の上に置き、言った。

「あぁ、新しい客人の分も頼むよ」

と、メランクサは戸口を見ながら言う。魔道士も思わず後ろを振り返ると、いつの間にか開いていた石の扉の向こうには、新たな魔道士たちが立っている。

「長様、大変お待たせいたしました。そして大魔道士さま、お会いできて光栄です」

そこにいたのは、サーナイトと、それに寄り添うようにして立つ幼いキルリアだった。

「デイジー、お勤め、ご苦労だったね。そしてパミーも、相変わらず元気そうで、何よりだ」

「おヌシらは・・・里の魔道士たちか?」

はい、その通りでございます。礼儀正しく、サーナイトは答える。

「デイジーと、その娘のパミーだ。あんたを里へ連れてくる前から、ここへ来るよう、呼んでいたんだよ」

一体、どういう者たちなのだろう。それを問おうとすると、サーナイト本人から紹介があった。

「大魔道士様の滞在の間、我々がお世話をさせていただきます。大分、お疲れのことでしょう。私たちの家で充分お休みを取っていただき、明日の晩、我々が大魔道士様を、“預言者”様の元までご案内させていただきます」

・・・成る程、導く、というのはそういうことか。

「しかし・・・それは、かたじけない話じゃの。ワシのようなおいぼれが、わざわざ厄介をかけさせてもらえるとは」

「何をおっしゃいます!あなた様の名は、この里でも、偉大なるお方として轟いております。そんな方をお世話させていただけるなんて、我々にとっても大変名誉なことです」

ンゲの台詞に、サーナイトのデイジーは、にこやかに答える。その裾のところで、娘のキルリア、パミーは、何だか人見知りするように、もじもじとしている。しかし母親に、さぁパミー、あなたもご挨拶なさい、と言われると、彼女もンゲに向かって、スッと手を差し出した。

「おぉ、おぉ、可愛い子じゃの・・・」

ンゲも穏やかな表情になり、その手を握り返す。だがその瞬間、パミーの表情が突然、何か深い悲しみに包まれたように変化した。ンゲが何事かと思ってその手を離すと、彼女はいきなり、魂が抜けたように、その場に崩れ落ちた。

「・・・パミー!?いったい、どうしたの、パミー!?」

母親は、慌てて娘の体を支えた。突然の出来事に、ンゲも何が何やらわからない。そして、先程お茶を淹れに部屋を出ていたかやめも、戻ってくるや否や、その状況に驚いて、盆を落としてしまった。カップやティーポットが割れなかったのは幸い、熱い紅茶が盆の中に少し零れ、湯気を立てた。

「慌てなさんな、大したことじゃない。気絶しただけだよ」

その状況下においても、冷静なのはメランクサである。

「・・・い、一体、何が起きたんじゃ?ワシが、何かマズイことでも・・・」

恐らくは、騒ぎを起こした当人であろうンゲは、当惑の表情を浮かべてメランクサを見る。彼女は、しかし彼を咎めるような顔はしていなかった。相変わらずの冷静な顔で、こう答える。

「あんたは別に、何もしていない。・・・でも、マズいには、マズいね。理由は、自分で考えるんだ」

そして、再三煙管に煙草を詰め、火を点けて銜えると、こう言ったのだった。

「預言を追い求める者を導くのは、あたしら里の魔道士の仕事・・・だけど、あんたの迷える心は、自分自身で導かなくっちゃならないね」

>>第十八話
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Pokemon QuestⅢ:砂漠の魔獣2~The Mystic Moonray~⑯ 【2008/03/15 23:55】
第十六話:三日月の化身(前編)
>>はじめから >>前回の話

灼熱の太陽が、影をも焦がさんとぎらぎらと照りつけている。それに敗れまいと、魔道士はボロボロのマントで身を庇う。

それにしても、暑い日だった。真昼の砂漠の中を、老人がただひとり出歩くということは、それだけでも充分自殺行為と言えようが、この魔道士ときたら、一昨日の晩から殆ど歩き通しなのだ。

その息はだいぶ荒く、目も疲れて、ときどきぼやける様子である。が、杖をつきながら歩くそのペースは二日前から変わることなく、彼は着実に前進していた。普通の老人ならばとっくに倒れ、枯れ枝のように萎びているところだが、流石は大魔道士と呼ばれるだけのフーディン、並みの“せいしんりょく”の持ち主ではない。

けれど、何処まで進めばよいのか。魔道士にも検討が付かなかった。彼の歩く先には、ただ白い砂の大地が広がるばかり。ところどころにサボテンのような植物が生える以外は、特に目立ったものは無い。やはり、ここに魔道士の隠里があるという情報は、虚構であったのだろうか。いや、もしかしたら隠里と名が付くだけに、魔道の力によって村ごと姿を隠しているという可能性もあった。御伽噺のようだが、しかし魔道の力こそ、御伽噺のようなものである。

だがじっさい、ンゲにとってはどちらでもよい話だった。無ければ無いで、彼の本来の目的とは、関係の無いことである。魔道士はふと立ち止まり、右の腰に下げていた皮の水筒をマントから取り出し、ぬるくなった水を一口ばかり飲んだ。そしてしっかり水筒の口を閉めると、軽く上下に振ってみる。ちゃぽちゃぽ。まだ、大丈夫だと思った。食べるものに関しても、反対側の腰袋の中にブーバー王から賜った木の実がまだ残っていた筈だ。あと二晩は、砂漠の中でも充分生き延びられそうだ。

果たして、彼のその自信に根拠があるのか、それもまた関係が無かった。ありとあらゆる迷いが、その魔道士にとっては関係の無いことだった。ひょっとしたら彼は、とんでもなく間違った方向に進んでいるのかもしれないということも考えられた。大魔道士と言えども、この砂漠の中ではひとりのポケモンにすぎない。砂漠というものは、殆ど全ての生物に対して無慈悲な存在なのである。だが、それがどうしたというのだ。

最初から間違いだと思って旅に出る者がいないのと同じように、最初から確かな自信を持って旅に挑む者もまた存在しない。旅とは常に、己の予想を遥かに越えた状況が、先に待ち受けているものである。ならば、覚悟を決めなければならない。身に纏わり付く不安や恐怖は、全て振りほどかねばならないのだ。

「魔獣め・・・」

老人は呟いた。だが、その台詞の憤りの矛先が、本当に魔獣に向けられていたのか、それは定かではなかった。ひょっとするとそれは、何の意味も無い台詞だったのかもしれない。けれど、何の意味も無いその台詞にも、彼の足を前へ突き動かすためには、無くてはならないものだったのである。

と、そのときだった。

にわかに、びゅうううっという強い風が、前方から吹きつけてきた。すぐさま水筒を仕舞い、我が顔も巻き上がる砂粒から庇おうと、マントのフードも目深に被る。だが、風は一度だけではなかった。もう一度、更にもう一度、だんだん勢いを増してゆく。

しまった、と思った。まさか、砂嵐に巻き込まれるとは。

振りほどこうとした恐怖や不安が、一同に押し寄せてきたような感覚であった。吹き飛ばされないよう、魔道士は必死にマントを押さえ、耐えた。ところが既にくたくたになった彼には、それは困難を極めることだった。直に彼の手は緩み、風でマントがはだけた。そして風は、あろうことか彼の腰から水筒や食糧の入った袋を奪い、それらを空高く舞い上げたのだった。

残っていた僅かな水が、砂嵐の中、きらきらと煌めく。その美しさは、ンゲにとっては絶望的だった。彼の命を繋いでいたものが、一瞬にして奪い去られてしまったのである。一体この後、どう彼は生き延びればいいのか。しかしそんなことを考える余裕も、この瞬間の彼には無かった。精神的な痛みの次におとずれたのは、物理的な、腹部への激しい痛みだった。

「ぐっ!?」

それは重く、そして鋭い痛みだった。刺の付いた太い棍棒で殴られたような痛みだ。ンゲはそのとき、初めて気付いた。いつの間にやら、彼の周りを大勢の何かが取り囲んでいることを。苦しみに耐え、顔を上げて見てみると、それは先程目にしたサボテンのような植物だった。点在するように生えていたそれらが、まるで足でも生えて、一箇所へ集まってきたようだ。

・・・いや、そんな筈は無い。ンゲにはわかった。それらは、植物などではなかった。ポケモンだ。サボテンに良く似た体を持つ、ノクタスというポケモンの群れである。

「・・・フフフ、我々のテリトリーへ入ったからには、生かしてはおかんぞ、ジジイ」

先程、刺の生えた太い腕で魔道士を殴りつけた相手が、彼の前で腕組みをしながらニヤリと笑って言った。いったいそのノクタスたちが何者なのか、魔道士に知る由は無かった。台詞から察するに、砂漠を往くポケモンを襲うただの暴力集団とも思えたが、暴力集団ならば、こんな昼間から襲いかかることはない。元々ノクタスとは夜行性なのだ。ならばこの者たちは、ンゲを付けねらう暗殺者であろうか。ブニャット王め、まさかこんなところにまで、追っ手を差し向けるとは・・・一体、どれ程の執念なのか。

その予想が的中していれば、かなり腕の立つ連中に違いない。が、そうでなくても、ノクタスは“あくタイプ”。“エスパータイプ”である魔道士の攻撃を全く受け付けないという、かなり相性の悪い連中だ。これが危機的状況であることに何ら変わりはない。

「・・・フッ」

が、それにも関わらず、ンゲは口元に笑みを浮かべる。怪訝な顔をする敵に、彼はこう語りかけた。

「“すなあらしの中のノクタス”という諺があるが・・・まさにその言葉通りの状況に出くわすとはな・・・」

「ほぅ?我々の名も諺の中で語られていたとは、光栄なことだな」

何を言い出すかと思えばと、少し呆れたような顔になって、敵は応える。魔道士は続けた。

「・・・尤もその諺は、砂嵐の中で敵味方の区別が付かなくなり、仲間と見間違えて近付いたノクタスに襲われることを意味するが、しかしワシはただひとり。誰が味方かなど、迷う必要が無いということだ」

「・・・ジジイ、それで我らと、真っ向から勝負できるとでも思っているのか!?」

魔道士の言葉を“ちょうはつ”として受け取ったか、ノクタスたちは怒りに目を光らせた。

「食らえ!!」

そして一斉に、魔道士に手を向ける。その先から、おびたたしい数の針が飛ぶ。“ミサイルばり”だ。

「くっ!!」

魔道士は地を蹴り、宙に飛び上がってそれらを回避した。老体と言えど、魔力によって強化された彼の足は、かなりの跳躍力を持つ。が、疲労のためか、一瞬の遅れが生じ、足の先に僅かの針が突き刺さる。

「うがぁっ!」

魔道士の口から、獣のような呻き声が漏れる。ほんの僅かでも、かなりの激痛だった。そのまま宙で姿勢を崩した彼は、背中から地面に落下する。どすっ・・・!鈍い音がした。

「・・・くぅ・・・」

仰向けに転がる魔道士。薄っすらと目を開くと、上からノクタスたちが、大変愉快そうな目でこちらを見下ろしていた。

「・・・はっはっは、骨の無いジジイだな・・・大魔道士と聞いていたからどれ程の腕かと思えば、全く期待外れだぜ」

「こら、同士。余計な台詞は言わなくていい。さっさと止めを刺すぞ」

ンゲの予想は当たっていた。やはり、暗殺者か・・・しかし今更それがわかったとして、一体何になる。ただ自分が殺されるという運命が、明確になったというだけのことである。

彼の脳に蓄えられた様々な知恵や思考が、全て無駄になっていくような気がした。それらは今まで自分が生きていく上で、大変重要なものであった。しかしそれらは、このように本当に自分が生死の境に立たされたときは、全く役に立たないものだった。このとき初めて、自分の中にあるのが、命というものたった一つであることを、彼は知ったのである。命とは、何にも守られない、何にも支えられない、とても不安定なものなのだ。我々は、そのたった一つのものだけを、大事そうに体の中に抱える、皆等しい、脆い存在に過ぎぬのだと。

いや、何を弱気になっている、じいさん。その命を支えるものこそ、守るものこそ、知恵や思考ではないのか。それが働く限り、我々はいくらだって、脱出口を見つけることができる筈だ。

魔道士の目が、カッと開いた。ぐわぁっ!!突然、敵のいくらかが呻き、ひっくり返った。他の者は、まだ何が起きたか理解できない様子だったが、ひとりが魔道士の目を見ると、悲鳴のようにこう叫んだ。

「“ミラクルアイ”だ!こいつ、“ミラクルアイ”を持っているぞ!」

彼を囲んでいたノクタスの群れが一斉に立ち退くと、魔道士はゆっくり立ち上がった。赤く光る目を持つ彼は、もうどんな敵にも攻撃を繰り出すことが可能だった。

「・・・ふっ、流石は大魔道士といったところだが・・・それで状況が一変したと思うのは、甘い考えだ!」

が、杖を振りかざし、攻撃の姿勢に入ろうとする魔道士の前で、敵のひとりが挑発的に、そう言い放つ。すると一瞬、その敵の姿は、魔道士の前から消えたような気がした。

慌てて標的を探す魔道士の体に、再び姿を現した敵の攻撃が繰り出される。“ふいうち”!しまったと思ったときには、既に遅かった。老人の体は砂嵐に煽られながら、小石のように後方へ転がっていくしかなかった。

「・・・!!」

もはや、呻き声を上げる力も残っていなかったのだろうか。杖を手放し、目からは“ミラクルアイ”の赤い輝きも失い、再び魔道士は倒れた。万事休す、正にそう呼ぶのが相応しい状況であった。

「・・・さぁて、今度こそ止めを刺してやる。ジジイ、覚悟しろ!」

敵が、五人がかりで彼の体を押さえつけた。右手、右足、左手、左足。そして目も隠された。まるで死刑台に貼り付けにされたような格好である。老人にはもう、何も考える力は残っていなかった。老人はもはや、ただの老人として、死を迎え入れるしかない状況であった。

そして、砂嵐の音が止んだ。

何もかも、終わってしまったのかと思った。彼の旅は、そこで終焉を迎えてしまったのだろうか。

彼の手を、足を、そして目を押さえるものの感覚も消えた。何もかも無くなってしまったかのようだった。体は温かく、まるで天の導きに包まれているような感覚であった。そしてどこからか、草花を思わせる優しい香りも漂ってきた。しかし不思議なことに、体の疲労感はまだ残ったままだった。

口を開こうとした。僅かばかり、呻き声が漏れた。息をしようとすれば、できないこともなかった。ただ少し、砂埃が入りこもうとして、苦しい気もした。

死とは、こういうものなのだろうか。もっと、何もかもが無くなってしまうのかと思っていた。感覚は薄れながらも、彼の体は、ばらばらにはなっていなかった。口も、手も、足も、まだ彼にはくっついていた。そして、鼓動も聞こえた。

・・・鼓動?

どくん、どくん。彼の心臓は、動いていた。おかしい。心臓が動いているということは、つまり・・・。

「おい、いつまで眠っている」

ふと、声が聞こえた。目を開くと、視界がぼやけながらも、彼を覗き込む者の顔が見えた。

それは、ノクタスではなかった。緑色の顔ではなく、黄金に輝く顔であった。そして、視力がだんだん戻ってくると、切れ長の、赤い目と合った。

「全く、無様な格好しおって。それでも大魔道士と呼ばれる程の男かね?」

「お、おヌシは一体・・・?」

魔道士は、相変わらず苦しい面持ちのままで相手に尋ねた。自分が大魔道士であることを知られているとは、この相手も敵である可能性があった。

しかし、そんな魔道士の様子に呆れたような顔をしながら、相手はンゲの元から離れ、落ち着いた物腰で歩いていった。しゃなりしゃなり。揺れるのは、黄金の輝きをもつ毛並みである。

魔道士が身を起こすと、彼の周りには、先程のノクタスたちが皆、うつ伏せに倒れていた。その背中は、炎で焦がされたように真っ黒だった。黄金色のポケモンは、その辺りに落ちていたンゲの杖を口で拾い上げると、彼を振り返ってこう言った。

「・・・殺したわけじゃないよ。ただ気絶させただけさね。起き上がらないうちに、とっととずらかるよ」

・・・とてもそうは思えなかったが。

黄金のポケモンは、ンゲの杖を銜えたまま、何処かへ歩いていこうとしていた。ンゲは先程までに受けた傷を、手に込めた僅かばかりの魔力で治し、何とか立ち上がると、慌てて追いかける。

「・・・ま、待て。おヌシ、何処へ行く気だ?」

「おや、なんだ、もうちゃんと歩けるのかい?歩けないかと思って、心配したよ」

・・・いったい、いつ心配してくれたと言うのだ?立ち止まりもせず、勝手に歩いていきおって・・・。

「あぁ・・・一応、“じこさいせい”は習得済みだからな」

「ふぅん、そうかい」

相手は、大して興味も無いように返事をした。相変わらず、足の動きは止めない。“じこさいせい”を使ったからといって、回復できる体力は、戦う前の半分程度である。ンゲには、何とか並んで歩くのがやっとであった。

そして、相手の口には相変わらず、ンゲの杖が銜えられていた。

「・・・おヌシ、ワシの杖、返してくれまいか・・・それが無いと歩き辛いのだが」

「なんだって、ただ魔道に使うだけの杖じゃなかったのかい!?まったく、ジジイだねぇ・・・」

黄金ポケモンは、一瞬立ち止まってパッと杖を離すと、また歩き始めた。杖を取り返した魔道士は、また慌ててその後を追いかけねばならなかった。

「・・・お、おヌシ、一つ尋ねたいのだが・・・」

「なんだい、どうしたんだい?」

先程と変わらぬ調子で、相手は口を開いた。

「その・・・口に杖を銜えたまま喋ってるときと、何も銜えずに喋ってるときと、喋り方が変わらないのはなぜだ?」

「ハッ、そんなこと」

再び呆れたように、相手は言う。

「あたしは実際に喋ってるんじゃないよ。“じんつうりき”で、直接あんたの心に訴えかけて語りかけてるのさ。だからだよ」

言われてようやく、ンゲは知った。

「おヌシ・・・魔道士か?」

「なんだい、やっと気付いたのかい!」

やっと、黄金のポケモンは立ち止まった。彼がそのことに気付くのを、ずっと待っていたのだろうか。そして相手は、フッと妖艶な笑みを顔に浮かべて、言う。

「だったらわかるだろう、あたしが今から、何処へ行こうとしているのかを」

そして黄金の魔道士は、再び歩き出した。ンゲもまた、それに従った。

「この先にあるよ、魔道士の隠里がね」


ふたりの魔道士が行き着いた先にあったのは、巨大な流砂である。

「ここだよ」

黄金の魔道士が言った。ンゲはそれに、不安げな顔で尋ねる。

「これは・・・流砂ではないのか?」

「流砂?・・・はぁ、見た目的に、そう言えなくもないね。本当は、巨大なナックラーが作った巣の跡なんだけど」

・・・成る程。ようやく合点がいった。魔道士の隠里とは、巨大なナックラーの巣の中に存在していたのである。道理で、地表を探しても見つからなかったわけだ。

さぁ、飛び込むよ。黄金の魔道士はそう言った。しかしンゲにとって、それは少し酷な話だ。今まで砂漠の中を歩きとおしで、砂嵐にも遭ったのに、おまけに流砂にまで飲み込まれねばならぬとは。

「安心しなよ。見た目ほど苦しくはないさ。ちょっと息を止めていれば、砂を吸い込むこともないさね。いいから、行くよ」

案内者は、そう言うと先に流砂の中にひょいと飛び込み、姿を消した。あまりに瞬間的な早さだったので、何が起こったのかわからない程であった。慣れたものである。

ンゲも、躊躇している場合ではなかった。魔道士の隠里へ行くというのは、本来の目的とは違うことだ。しかし、彼をここへ連れてきたあの魔道士が一体何者なのか知っておく必要があると、彼は思ったのだ。

そして、ここへ来るまでに、ンゲも感じていたのだ。彼の目的である三日月の化身と、魔道士の隠里には何か、大きな関係があるのではないかということを。それは、“みらいよち”でも何でもない。ただの勘か、或いは妄想とでも呼んでいいようなものだった。

妄想・・・そうだな、ワシはたった一つの、未来を予言する古文書だけを手がかりに、今までこの砂漠を旅してきた。昨日の晩に聴いた、あの地から響いてくるような魔獣の咆哮・・・その目覚めを阻止するため。今まで自分が戦ってきたのは、全てそのためだ。しかし、これまでの戦いの中で、確信を得られることは何一つ無かったようにも思える。このままで、魔獣の目覚めを阻止する、その目的が、果たしてワシごときに達成させられるものか。

だが、今はこの道を進むしかない。近道か遠回りかはわからなくても、道は前へしか伸びていない。ならば、我々は決して後退することはないのだ。この命が続く限り、例え不安定で脆くとも、それがある限り、我々は日々前進しているのだ。迷いは捨てよ。ワシは今まで、そうやって生きてきたのだ。

スッ、と、軽やかな跳躍と共に、ンゲは流砂の中へ飛び込んだ。目を閉じ、呼吸を止めた。直に体は熱を帯びた砂に包まれ、ず、ず、ず、ず、ず、という、砂の中を進む音が耳に届いた。あとは、何もわからなかった。彼の体は、決して遅くはない速度で地に沈んでいった。深く、深く。どれくらい深く沈んだのか、底には一向に辿り着けなかった。

ひょっとすると彼は、そのまま地の果てへと辿り着くのではないかとも思われた。地の果て、そこではマグマが煮えたぎり、形あるものは一瞬にして溶かされてしまうように熱い場所なのかもしれない。いや、それともそこには何もなく、ただ穴だけが延々続いているのかもしれない。底には永遠に辿り着くことはなく、ただただ落ちていく、虚無の世界。その世界で、そのまま彼は朽ち果ててゆかねばならぬのかもしれない。

しかし、当然そんなことはなかった。だんだん息が苦しくなってきたところ、ようやく彼は、落ちた砂が積もった、少し柔らかい地面に倒れこんだ。

「うっ・・・ごふっ、ごふっ!」

魔道士は、少しだけむせた。しっかり息を止めていた筈だが、最後の方で少しだけ砂を吸い込んでしまったようだ。

なんにせよ、彼は無事であった。目を開き、立ち上がって辺りを見回すと、天井が高く、奥行きも随分広い空間が広がっていた。

「これが・・・魔道士の隠里か・・・」

思わず、彼は呟いた。洞窟のようなその空間の中には、岩やレンガで造られた家々が立ち並び、ちゃんとした集落を形成していた。そこには、洗濯物が干されたり、庭のちょっとした畑に花や木が植えられていたり、また、時々子どものポケモンが楽しげに駆け回る声が聞こえたりと、確かな生活の風景が伺えた。集落の中央には泉まであり、それが里を潤していた。

それから、光である。太陽の光の全く届かないような場所でありながら、この空間は少し、明るかった。その理由が、家と家の間に立ち並ぶ柱である。それぞれの柱の先には、魔道の力、“フラッシュ”によって作られた光が、明々と照っていたのだ。その柱は、街灯とでも言うべきものだろう。

が、それら全てのものを統合したとしても、ンゲが最初に目にしたものよりは、驚くべきことではなかった。彼は、魔道士の集落や、泉や、立ち並ぶ街灯を見るより先に、ある一つのことに度肝を抜かれた。それは、その空間の壁一面に描かれた、アンノーン文字である。

いや、それは果たして、アンノーン文字なのだろうか。ひょっとしたら、アンノーンそのものなのかもしれなかった。それらは、それぞれが持つ一つの目玉を、一斉にンゲの元へ向けているような気がした。実に不気味なその風景に、彼は、始めの台詞から後、全く言葉が続かなかった。

「あのう・・・大魔道士ンゲ様、でいらっしゃいますよね?」

ふと、ンゲの前から、若く、可愛らしい声が聞こえた。壁を見つめていた視線を慌てて戻すと、彼の目の前に四本足で立つポケモンの姿があった。若い、雌のロコンである。

頭にはカチューシャをはめ、体には、レースの沢山入ったエプロンのようなものを着ている。彼女は、器用に後ろの二本の足だけで立ち上がると、両前足を差し出すようにしながら、頭を下げた。

「お待ちしておりました、ようこそ魔道士の隠里へ!」

どうやら彼女のその姿勢は、お辞儀のつもりだったらしい・・・。

「おヌシは、一体・・・」

てっきり、先程の黄金の魔道士がその場にいてくれるものと思って驚かされたンゲだったが、ロコンはそんな彼の様子には全くお構い無しに、ささ、こちらへ、と言いながら歩き出してしまった。

・・・なにやらこの態度、先程の魔道士に似ているな。

兎も角、それに従うンゲ。一体どこに連れて行かれるのだろうと思いつつも、気になったのは、壁の文字である。問うべきか、問わざるべきか、ンゲが迷っていると、ロコンの方から先に、口を開いた。

「あの壁の文字、やっぱり気になりますか?」

言われてンゲは、直ぐには答えられなかった。質問の内容が、あまりに当たり前すぎるように思ったからだ。当然だろう・・・気にならない方がおかしいというものだ。それらは明らかに、長閑な里の風景の中に、異様なまでのギャップを生み出していたのだ。あんなものに囲まれて、よく平気で暮らせるものである。

・・・尤も、我々は「慣れ」る生き物である。いくら自分の住む場所があのような気色の悪いものに囲まれていようと、長年暮らせば当たり前と感じるようになり、何も気にならなくなるのかもしれないが。

「あの文字はですね、“アンノーン文字”と言いまして、嘗てこの里よりお生まれになった、あるひとりの偉大なる魔道士さまが描かれたものなんですよ」

黙っていると、ロコンは勝手に喋り出した。どうやらこのロコン、お喋りが好きのようである。それからも彼女は、ひとりで延々と喋り続けた。ほんと、不思議な絵ですよね~。まるで、生き物みたいで。初めてご覧になる方は、結構キモチワルイとか思われる方もいらっしゃるようなんですが、よ~く見ていると、なんとなく愛嬌があって、可愛らしくも思えてくるものなんですよ、とかなんとか。

「そうそう、魔道士さまのお話ですけど、その方のお力は、素晴らしいのですよ~。なんと、未来を見通すことができるそうなんです」

「・・・ま、待て。おヌシ、今何と言った!?」

と、ロコンのお喋りの途中で、ンゲは慌てて口を挟む。ロコンは立ち止まり、キョトンとした顔で彼を振り返った。

「え?その・・・“アンノーン文字”のことですか?」

「いや、その後・・・つまりじゃな」

今の話の内容を、ンゲは全く聴いていなかったわけではない。少し頭の中で整理して、彼は再び尋ねた。

「その魔道士が、未来を見通す力を持つというのは、本当か!?」

「え、えぇ、そうですけど・・・」

「一体それは、どれ程の力なんじゃ?」

そう聴かれてロコンは、いい質問ですね、とニッコリ微笑み、まるで自慢話をするように語り始めた。

「この砂漠全土の未来を見通す程のお力なんですよ!その力から魔道士様は、預言の書を作り、ある王国に託されたのです」

・・・間違いない。ンゲは確信を持ち、また新たな質問をロコンへ向けた。

「・・・その魔道士、名は何と申す?」

そして、相変わらずの可愛らしい表情で、ロコンは答えた。

「“三日月の化身”と、私たちは呼ばせていただいております」

ガチャリ。そのとき魔道士の頭の中で、歯車が回るような、鍵穴が開くような、そんな音が聞こえたのは、決して幻聴ではなかったろう。彼の勘は、間違っていなかったのだ。彼の道は、全て正しかった。彼の中で今、運命の歯車は、大きく回り始めたのであった。

>>第十七話
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Pokemon QuestⅢ:砂漠の魔獣2~The Mystic Moonray~⑮ 【2008/03/03 23:14】
第十五話:魔道士の隠里
>>はじめから >>前回の話

「・・・代は去り、代は来る。しかし、地は定めのない時に至るまで立ちつづける。そして、日もまた輝き出、そして日は没した。それは自分の輝き出る場所へ、あえぎながら来るのである・・・」

昼間なのに薄暗い部屋の中から、朗々とした声が響いた。部屋の周りはぐるりと高い本棚で囲まれ、魔道の書やら何やら、むずかしい内容の本でぎっしりと埋め尽くされている。そこで今、一匹のキュウコンが、中でも特に古ぼけた本を読んでいた。

と、固く閉ざされているようにも見えるその部屋の扉が、今、きい、と音を上げて開き、外から若く可愛らしい雌のロコンが顔を覗かせた。

そのロコンの頭には、使用人が付ける様なカチューシャが乗っており、体にもひらひらのついたエプロンのようなものを身につけている。そしてそのロコンは、器用にも後ろの二本の足で立ちながら、前足で紅茶のポットの乗った盆を抱えていた。

「メランクサさま、お紅茶をお持ちしました」

「・・・おぉ、ありがとう、かやめ」

先程の朗々とした声の持ち主はそう言うと、持っていた書物をパタンと閉じた。そして、ロコンが小さなテーブルの上に盆を置き、紅茶をカップに注ぎ終わるのを待つと、上品な手つきでカップを口にもっていき、すうっという音を立てて、それを嗜んだ。

その様子を心配するような目で見守っていたロコンは、主人がカップをテーブルに置くと、おずおずといった感じで尋ねる。

「・・・おっ、おいしゅうございますか?」

すると主人、メランクサは、性別問わず見た者は誰しもうっとりとしてしまうような微笑を顔に浮かべ、とても美味しい、と告げた。

それを聴き、ロコンの顔にも、安堵が生まれる。

「・・・メランクサさま、何をお読みだったのですか?」

安心したついでに、ロコンがそう訊ねると、主人は、さっきの、もう表紙が外れてしまいそうなボロボロの本を取り出し、その題名を彼女に示した。それには、「伝道の書」と書かれていたが、ロコンにとって、それは初めて目にするものだった。

「・・・とても有名な書だよ。世界中、さまざまな言葉に訳され、読まれている書の一つさ。大変ありがたいものとされて、神を信じる多くの者たちにも尊ばれているものだが・・・その内容ときたら、神の存在を真っ向から否定するような、悲観的なものばかりさね」

そして、再びメランクサは、紅茶を啜り、微笑を繰り返すと、こう続ける。

「しかし、そんな内容にこそ、あたしは世の真実を見るね・・・確かに世の中は、不条理なことばかりだよ。戦争は繰り返すし、ポケモンは死んでゆく。そして、土地は荒廃するばかりだ。“なんという空しさ、なんという空しさ、すべては空しい!!”」

そして仰々しく言う主人に、まだキョトンとした顔のままのロコンは、再び尋ねた。

「・・・それではメランクサさま、メランクサさまは、神様の存在を信じていらっしゃらないということでしょうか?」

メランクサは、もう一度フッと笑い、答えた。

「わからない・・・いないかもしれないけれど、もしかしたらいるのかもしれない。世の中には、奇跡という名の感動的な出来事も沢山あるからね・・・でも、どちらにしたって、あたしにとってそれは、特に重要なことじゃあないさ」

そして、手をポンと、ロコンの頭の上に乗せる。

「あたしにとって大事なのは、神が存在するか否かなんかじゃあない。今ここに、かやめ、あんたがあたしの傍にいてくれるということだよ。それだけが、あたしにとっての真実さぁね」

言われて、ロコン、かやめは、頬をぽっと桃色に染めた。彼女には、結局主人が何を言いたかったのかよくわからなかった。いつもこうなのだ、仰々しい話をしかけて、いざ結論を聞こうとすると、いつもこうやって、なんだかはぐらかすようにする。

だけど、かやめは、そんな主人の話が好きだった。なぜなら、こうやって主人から撫でられるのが、彼女は好きだったからだ。

「・・・さて、と。そろそろ支度をしなくちゃあいけないね」

と、本を棚に仕舞い、メランクサは立ち上がった。それに慌てて、かやめは言う。

「お、お待ちください。今、外出用のケープをお持ちいたしますね!」

「いや、いらないよ。ちょっと待ち人を迎えに行くだけのことさ。それより、デイジーはまだ里に帰ってきてないかい?あのコにも用事があるからね、もし帰ってなかったら、誰か遣いを送ってあげなくちゃあ」

言われてかやめは、はいっ、という、元気な返事をした。直ぐに遣いの者を送ります、と。そして、メランクサが出るより先に、彼女は部屋から飛び出した。

「さて、香水、香水と・・・あれ、何処へ置いたかね?かやめ、おい、かやめ、香水は何処かね?」

と、ごそごそと本棚を探しながらメランクサは言ったが、返事は無かった。そのときには既に、家の中から彼女の気配は消えていたのだ。メランクサは、クスッと笑う。

「あらあら、もう出て行っちゃったのかい?全く、元気なコだこと・・・使用人の真似事をさせても、あのコは相変わらずだね」

そして、何とか自力で本棚の隅に置いてあった香水を見つけ出すと、それをシュッと吹きかける。そして部屋の中央に向き直ると、再び笑った。テーブルの上には、かやめの持ってきた紅茶が、片付けられないままそこにある。

「・・・全く、あのコったら!」

仕方が無いので、メランクサは自分で盆を持ち、書庫を出た。そして流し場へ行くと、案の定、そこにも朝食の食器が、まだ洗われないまま放置されていた。全く、これでは使用人をさせる意味が無いではないか。却って、一人で生活する方が楽だと思えるほどだ。

しかし、それらの食器を洗いながら、メランクサの顔は微笑んでいた。彼女はぽつりと、こう呟く。

「“ひとりよりもふたりが良い。共に労苦すれば、その報いは良い”」

それも、先程の「伝道の書」の言葉の一つであった。


広大な砂漠の端の方で、今、キルリアとサーナイトの親子が立っていた。

「・・・また、砂漠が広がっているようね・・・」

母親のサーナイトはそう言って、険しい表情で、目の前に広がる光景を眺めていた。一年前、そこには大きな河が流れていた筈だった。しかし、今やそれも枯れ果て、ひび割れた大地が広がるばかり。そして、そこに生えていた草や木も、今ではすっかり葉を落とし、ただ棒切れとして残るのみとなっている。

サーナイトは、腰に下げていた袋の中から木炭と紙のようなものを取り出して、何やらササッと書き付けた。その傍ら、娘のキルリアは、何かを指差してぼそっと呟く。

「・・・ねぇ、ママ・・・あれ、何?怖い・・・」

そして、母親の足に縋り付く。え?と呟き、母親は仕事の手を休め、再びひび割れた大地に目を向けた。そして自分も、あぁ、という怯えた声を漏らすと、娘にそれ以上見せないよう、手で彼女の顔を覆った。

「・・・ごめんね、パミー。あなたをここに連れてくるべきじゃなかったわ・・・」

そこに転がっていたのは、何やら干からびた白いものであった。それが何であるかは、敢えて教えてあげることではない。

それは、しかしながらいくつもあったわけではない。点々と散らばっていた。嘗てそこに住んでいたポケモンたちの代わりにそれらが出現した筈だが、それにしては数が少ない。他のものは、とうに他所の川へ逃れたのか。はたまた、早々に風化し、砂と化したか・・・。

兎も角、それは死の大地と呼ぶに相応しかった。生きるものの気配がさっぱり消えてしまった、恐るべき土地であった。

「ねぇ、どうして?どうして皆いなくなっちゃったの?元に戻してあげることはできないの?」

涙ながらに訴える娘に、母親はただ暗い顔をしてしまうより他に無い。一流の魔道士と呼ばれるサーナイト、彼女が空に手を翳せば、たちまち雨を降らせることもできるし、また、直ぐに晴れ渡らせることも可能だ。しかしそれらの魔道の力は、ほんの一時的なものに過ぎない。魔道は所詮魔道でしかない。壊れてしまった自然を簡単に復元することなど、どんな魔道士にだって不可能なことだ。

「パミー、それはそう簡単なことじゃあないの。一度変化してしまったものは、なかなか元には戻ってくれない。絶対に戻らないものだってある・・・例えば、死んでしまったポケモンを生き返らせることは、不可能なことよ。だけど・・・だけどね、パミー。こうなってしまった原因を突き止め、これ以上こんな土地が増えないように防ぐことは、きっとできる筈なの。そうすればきっと・・・きっと、またここにもまた水が流れ出し、河のポケモンたちだって帰ってくるわ」

「・・・ほんとう?」

目を潤ませる娘に、母親は力強い表情で頷いてあげることができないのが、とても悔しかった。嘘をついているからではない。自分が今行なっていることは、何も間違ったことではない・・・しかし、100パーセントの自信を持って正しいと言うには、それはあまりに時間が掛かりすぎる、地道な作業なのだ。

「ええ、ほんとうよ」

母は答えた。そして、娘をひしと抱きしめながら、こう付け加えた。

「ほんとうのことよ・・・だけど、私が生きているうちには、叶えられないことかもしれないわ」

「・・・ママも、死んじゃうの?」

最愛の娘を傷つけるわけにはいかない。しかし、甘やかして嘘を教えるほど、彼女はいい加減な母親ではない。にっこりと笑いかけながら、彼女は答えた。しかしその声には、厳しさも込められていた。

「えぇ・・・いずれは私も死ぬわ。例え、ここにいたポケモンたちのような災害に、私たち自身が見舞われることがなかったとしてもね・・・生きとし生ける者は、皆最後には死んでしまうの。哀しいことかもしれないけれど、それが現実というものよ」

その母親の言葉が理解できないほど、娘も幼くはなかった。彼女も、ある程度は予感していることだった。けれど、ただ予感するというのと、目の前に現実として示されるのとではわけが違う。娘のパミーには、今零れてくる涙を押し留めることはできなかった。

そんな娘を見ながら、サーナイトは、腰の袋から小さなポフィンを取り出した。甘い甘い、モモンの実で作ったポフィンだ。彼女は再び優しい笑みを浮かべながら、娘にそれを差し出す。

パミーは、母親の顔を見ながら、それを受け取り、ぱくっと齧った。すると、娘の顔からはたちまち、涙は消えていった。

「おいしい?」

母親が尋ねると、娘は、うん、と元気良く答えた。

「ママの味がする」

そして、娘がそう言うを聞くと、母親は優しく、その頭を撫でてやった。とても慈しんで、優しく、優しく。

「その味を、ずっと覚えておいてね・・・永遠なんてものは何も無いの。だけど、思いだけはきっと、ずっとずっと、永遠に残っていくものだから・・・」

そして、彼女はそう、呟くように言った。その言葉の真意は、娘には理解できないものだった。だけど、娘はポフィンを頬張りながら、また、うん、と答えた。そして、この味をずっと覚えていようと思った。ずっと、ずっと・・・。

と、そのとき、母と娘の後ろから鳥の羽ばたく音が聞こえた。振り返ると、現れたのはエアームドに乗ったエルレイドだ。

「調査の方はどうだ、デイジー」

地に降り立って、そう声をかけてきた彼に、サーナイトは微笑みながら返事をした。

「あら、ジミー。迎えに来てくれたの?」

「あぁ。どうだい、僕もたまには粋な計らいをするだろう?」

と、エアームドから降りて、彼は母と子の元へ近付いてきた。そして娘に、やぁパミーちゃん、美味しそうなポフィンを食べているね、と声をかけたが、娘は残りのポフィンを一気に口の中に放りこんでしまうと、サッと母親の影に身を隠した。

「・・・ごめんなさいね、この子、人見知りなのよ」

「ははっ、構わないさ。こちらこそ、すまなかったね」

エルレイドのジミーは、そう言って苦笑した。

「それよりデイジー、大変なんだ。僕がここへ来る前、長から聞いたんだけど、今日、我らの里に、あの大魔道士様がいらっしゃるようなんだよ」

「・・・ほんとう!?とうとういらっしゃるのね・・・」

サーナイトのデイジーは、そう言って、喜びとも哀しみともとれないような複雑な表情をした。あの大魔道士様がいらっしゃる・・・そう聞けば誰のことを言っているのか、彼女にもすぐにわかることだった。その魔道士自体は、決して悪い存在ではない。寧ろ、以前から是非お会いしたいと思っていた偉大な存在である。しかし、それが自分らの住む里に訪れるということは、決して、肯定的な意味合いを持つことではなかった。

「・・・急いで帰らなければならないわね。ありがとうジミー、教えてくれて」

デイジーのその台詞に、ジミーは微笑みながら、なぁに、当然のことをしたまでだよ、と言った。いかにも自分から報告しに来たかのような言い方であるが、本当は、ただ里の長の遣いに頼まれて来たというだけである。

「じゃあ、デイジー、帰ろうか、一緒に」

再び自分の乗ってきたエアームドの元に戻りながら、ジミーは凛々しい声でデイジーにそう言ったが、

「ありがとう、でも私たち、先にテレポートで帰るわね」

言われて、えっ、と驚いた。

「えっ・・・何?テレポートって・・・その、君たちも、エアームドに乗って来たんじゃ・・・」

言われてみれば、彼女たちの周りには、交通手段になるそうなものは何も無かった。申し訳無さそうに、デイジーは言った。

「ごめんなさい・・・今日は、パミーと一緒だったから、フライゴンの定期便に乗って来たのよ」

フライゴンの定期便・・・それは行商らの乗り回す、飼いならされたフライゴンとは別に、野生で暮らしておりながら、ポケモンたちを運ぶフライゴンの群れのことである。元々は、単に巣から巣へと飛び回っていただけの彼らだったが、その行動範囲は広く、交通手段として丁度良いと多くのポケモンたちに頼られるようになったせいで、いつの間にやら定期便として扱われるようになってしまったのである。今では、砂漠のポケモンたちにとっての便利な交通機関の一つだ。

またそれは、この砂漠のちょっとした観光名物でもあった。

「一度は、この子連れて乗ってみたかったの。どうせ帰りは、テレポートできるし・・・って」

「あ、あはは・・・そうか、なるほどね」

ジミーは相変わらずの笑みを作っていたが、心なしか、その表情は引きつっているようにも思えた。

じゃあ、また後でね。言うと、デイジーとパミーの親子は、一瞬にしてその場からいなくなった。後に残されたジミーは、笑顔を凍りつかせたまま、自分のエアームドに乗った。

そして、はぁあ、と大きな溜息を吐き、表情を一気に暗くする。

「あぁらら、残念だったわね、ジミーぼっちゃん?」

「・・・やめてくれよ、僕をぼっちゃんなんて呼ばないでくれ」

からからから、と、エアームドは金属の擦れるような、乾いた笑い声を上げる。

「じゃあ、情け無い負け犬イヌレイド様かぁね、それとも、下心丸出しのエロレイド様かぁね」

なんだとう、言ったなぁ!と、ジミーはエアームドの頭をカツン、と殴ったが、痛い思いをしたのは、殴った本人の方だった。それに対して、再びからからから、と笑いながら、エアームドは飛び立つ。

「アンタたち魔道士を見てると、ホント面白いわぁ。サイコキネシスで物を操ったり、相手の心を読み取ったり簡単にできちゃうクセに、こういうこととなると、てんで他のポケモンと変わりはしないんだから」

「・・・こういうことって、どういうことだよ?」

「・・・さぁ、どういうことだかね?」

エアームドも、この砂漠における重要な交通手段の一つである。彼らは何と、時速300キロもの速さで空を飛ぶのだ。地を駆けるギャロップよりも、随分早く移動することができる。

しかし、その性格はなかなかキツく、行商のフライゴンのように飼い慣らされている者は数少ない。

「はぁあ、けれどアタシも、あんたみたいなオコチャマをこうやって送り迎えしてあげなきゃならないと思うと、本当、情け無いわ・・・世の中には、お金持ちで、家だって持ってるエアームドがいるって言うのにね・・・」

そして、自分は魔道士に飼い慣らされているこのエアームドも、本心ではそうだった。

「アンタも魔道士だったら、さっきのデイジーちゃんみたいに、ちゃっちゃとテレポート使えばいいじゃないの」

「馬鹿を言うな。お前も知っているだろう、テレポートは交通手段としては、不完全なんだよ・・・」

その通りであった。先程のサーナイト、デイジーは軽々とテレポートで里まで帰っていたが、しかしそのテレポートという技にも、ある制約があった。

それは、テレポート先を、自分の意思だけでは自由に決めることができないということである。テレポートを使うと、どんなに長い距離でも一瞬にして移動することができる。しかし到着する先は決まって、前に一度自分が体を休めた場所になってしまうのだ。

それは、魔道士が体を休めた場所に彼らの思念が残されるからだとされているが、その思念の残る場所というのは、彼らが体を休める度に移ってしてしまうようなのだ。つまり、遠出中にすぐ家へ戻りたい場合は、魔道士は必ず遠出の前は自分の家で休まねばならないし、遠出の途中で眠ってもいけないのであった。

「・・・はぁあ、こんな時に限って、僕ってば、前の晩、他所の国の調査を任されてたからなぁ・・・」

「からからから!全く、アンラッキーな魔道士だこと!」

言われて、再びジミーはエアームドの頭を殴ったが、痛い、と声を上げたのは、やはりジミーの方だった。

黄色い笑い声のエアームドと、緑の体のエルレイド。真昼の砂漠、物凄い速さで帰路を進む彼らは、先程の、砂漠の端にある死の大地からは、もはや既に遠く離れた空を飛んでいた。


ほのおポケモンの王国から出て、一晩と半日ほどの時が経過した。

それまでの時間を、途中岩場で僅かばかりの仮眠を取ったりもしながらも、ただひたすら自分の足だけで歩いていくのは、この老人にとって、決して楽なことではなかった。しかしそうまでして、彼が今、その道を歩く理由は、瀕死のブーバー王から聞いた、大切なあの言葉である。

“・・・これより北へ一晩ほど歩いた先の地で、空に何やら光るもの・・・三日月の化身・・・”

その、三日月の化身の正体を突き止めるため、そして、まだ不完全である予言の書を完全なものにするため、彼はその場所へ向かっていた。

ただ、一つ気がかりなことがあった。あの王国から北へ一晩、その先にあるもう一つのものを、王は言わなかった。ただ知らなかったのかもしれないし、敢えて言わなかったのかもしれない。しかしながら魔道士ンゲには、そこにあるものが何かを知っていた。

魔道士の隠里・・・それは、砂漠の北部中央付近という目だった場所にありながらも、砂漠に住む誰からもその存在を知られないという、奇妙な里である。しかし、砂漠の外に住む魔道士らの間ではその存在は有名であり、その里出身の魔道士も、広く名を知られる者ばかりだ。そして実際足を踏み入れたことのないンゲも、里については彼らから、内部の様子までかなり詳細に聞き及んでいた。

尤も、それが真実かデマかは、自分の目で確かめてみないことには何ともわからない。今まで出会ってきた里出身の魔道士たちの話を疑うわけではないが、それにしても奇妙な存在だからである。しかし実在するならば、きっとこれから先、自分も足を踏み入れ、真相を確かめることになるだろう。

三日月の化身である預言者と、魔道士の隠里・・・その二つに何やら奇妙な因果関係を感じつつも、ンゲは砂漠の中、汚れた厚いマントで身を守りながら、歩を進めていた。

砂漠に足を踏み入れて、11日目の昼頃のこと。三日月の晩は、明日にまで迫っていた。

>>第十六話
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Pokemon QuestⅢ:砂漠の魔獣2~The Mystic Moonray~⑭ 【2008/02/08 19:05】
第十四話:隻眼の右大臣(後編)
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グレイス伯爵の言葉に、今度はサラディンも驚いてしまった。慌てて、彼は傍にいる彼女に、どういうことなの?と訊ねた。彼女は震えながら、こう言った。

「ごめん・・・サラディン・・・今まで黙ってて。あのキマワリたち・・・私の、養子の貰い当てなの」

サラディンには、わけがわからなかった。あのキマワリたちが、彼女の貰い当て・・・いかにもお金持ちそうじゃないか。だったら、どうして彼女は、僕の傍にいるんだ?どうしてまだ、彼女は孤児のままでいる?

「一度貰われたけど・・・逃げ出しちゃったの。私、孤児のままがよかったから・・・」

「・・・な、何で?どうしてさ?」

訊くと、彼女はまた、目に涙をいっぱい溜めていた。心が張り裂けそうになるくらい、いっぱい、いっぱい。

「だって・・・私、約束した!ずっと・・・ずっとサラディンの傍にいるって、約束した!」

サラディンは、何と言っていいかわからなかった。今まで彼女からそう言われてきて、うれしくない筈がなかった。なのに、今はそう素直に思うことができない自分がいた。彼女は・・・彼女の言葉は、何か間違っている、そう思ったのだった。

なぜなら、今まで彼女は、養子の貰い当てがいないのだと思っていたのだ。だけど、今はこうして、目の前にいる。だったら、彼らに貰われるべきなんじゃないだろうか。それも、あんなにお金持ちそうなポケモンたちなのに・・・貰われた方が、彼女にとっても絶対幸せな筈なのに・・・。

「もしかして、あのキマワリたち・・・悪いやつらなの?」

訊くと、彼女はぶんぶんと首を振った。とっても、いいポケモンたち・・・私のこと、すごぉく気遣ってくれるし・・・奥さんの作るお菓子も、とっても美味しくて、優しくて・・・。

「申し訳ございません、どうか幼い子だということで、許してあげてください。盗んだ物なら、私がすぐお支払い致しますから。300ポケですか?えぇえぇ、大丈夫ですとも。・・・いえいえ、ほんとにご迷惑をおかけいたしました」

サラディンは改めて、そうやって警官たちを追い返す、キマワリたちを見た。とても紳士的で、優しい感じのポケモンだ。警官たちがすっかり帰ってしまうと、伯爵は、サラディンたちのもとへやってきた。

グレイス伯爵は、サラディンと顔を合わせた。片目の潰れた顔を見るなり、また哀れな視線を送られるのかと思った。けれど、彼は全く、そんなことはしなかった。

「おやおや、キミは彼女のお友達かい?かわいいコだねぇ・・・そして、凄く逞しそうだ!」

それは、ほんとうに、ほんとうにいいポケモンのような気がした。彼らの元でなら、きっと彼女は幸せに暮らしていける。そう確信が持てるような。

サラディンは、庇っていた彼女の前から退いた。彼女は、「えっ」と言った。

「彼女を・・・幸せにしていただけますか?」

サラディンがそう言うと、伯爵はにっこりと穏やかな笑みを浮かべた。

「勿論だとも。約束するよ。男同士の約束だ」

けれど彼女は、まだ泣き止んではいなかった。

「どうして?どうしてよ!?約束したのに・・・私はずっと一緒にいるって、約束したのに!」

「・・・その約束は、もう充分果たして貰ったよ」

彼女の目を見て、優しい笑顔で、サラディンは言った。そして、彼女の目から零れる涙を、サッと手で拭いてあげた。

「・・・今度は僕が、君の約束を果たす番だから・・・いつか、必ず、僕、お城の役職に付いて、君を、この国を守ってみせるから!」

彼女は、もう泣こうとはしなかった。目はとても潤んでいたけど、必死に泣き止もうとしていた。代わりに、伯爵の隣の夫人が、ぐしゅぐしゅと涙ぐんでいた。伯爵は、神妙な顔をしながら、ウン、ウンと頷いていた。

「・・・良い志だね!きっと、君もその約束、守ってみせるんだよ!」

そして、伯爵は、彼女の手を握った。彼女は、しかしまだ、サラディンのことを見つめていた。

「ねぇ、サラディン・・・また、会えるよね?」

それには、何と答えられるのだろうか。今までお金持ちの家に養子に入ったコたちは、もう二度と孤児たちの前に姿を現したことがなかった。だって、住む世界が全然違ってしまうのだ。

けれども、サラディンは答えた。力強く、自信を持って。

「・・・あぁ、きっと会える。僕がお城の役職に就いたら、僕、きっと君の元へ、会いに行く!」

それを聞いて、ようやく彼女は、笑った。まだ、目にはいっぱい涙が溜まっていた。だけど、彼の言葉に、ようやく彼女は安心することができたのだ。

絶対、絶対会いに来てね!あぁ、会いに行く。本当に、本当だからね!あぁ、本当に本当。約束して!約束する。

そして、彼女はキマワリの夫婦に手を握られ、だんだんと、サラディンの元から離れていった。

「ねぇ、サラディン!」

だけど、もう一度だけ、彼女は、振り返ってこう言った。

「私たち、同じだよね!ずっとずっと、同じだよね!」

サラディンの目から、ぶわっと大粒の涙が溢れたのは、そのときだった。彼女のことを、ずっと見ていたかったのに、もう片方の目にも、何も映っていなかった。必死になって、涙を拭こうとした。けれど、涙は、涙は、あとからあとから零れ落ちるのだ。

そして、耳がきーんと鳴った。言葉は、言葉はもう何も届かなかった。

もう、目の前には彼女はいなかった。自分ひとりだけになっていた。彼女が最後に言った言葉も、もはや氷のように溶けて、消えて無くなってしまったかのようだった。

彼女は、もう彼の傍にはいなかった。もう、彼の手は握ってくれなかった。ずっと傍にいるよ・・・ずっと、ずっと。その声も、もう聞こえなかった。

これで、よかったのかと思った。いや、これでよかったのだ。これが正しいことなんだと、そう努めて信じようとした。なのに、彼の心は、もう酷く張り裂けそうだったのだ。

その晩、彼は仲間たちの元へ帰っても、またわんわん泣いたのだった。どうして彼がそんな風に泣くのか、彼の仲間たちは、誰も知らなかったし、慰めてやることもできなかった。

サラディンの心に空いた風穴は、サラディン自身が埋めるより他なかったのだ。


それから、数年後。

サラディンは何かに急かされるようにして、城の運営する士官学校へ入学した。親のいない、戦争孤児の彼だったが、当時の士官学校は、国の税金によって運営されており、門戸は開いていた。いや、寧ろ孤児のためにこそ開いていたというべきだろう。サラディンと同じく養子の当てのない孤児たちは、最終的には皆、そこへ行くことになったのだった。

入学の際、サラディンは、教官のグランブルたちに何を目指すのかと問われ、軍を指揮する城の役職に就きたいと宣言した。が、お前のような隻眼の者がなれるわけなかろう、軍は片目を瞑ったまま指揮できるものではないぞ、と馬鹿にされた。ちゃんと使える兵隊のひとりにでもなれるか疑わしいな、まぁ、折角士官学校に入ったからには、せいぜい国の税金を無駄にせぬよう、励むことだ。

しかし、彼は決して諦めなかった。その生活は、幼少の頃子どもたちだけで生きていたころよりも、もっともっと過酷なものだった。やがて、いつか彼女が言っていたような、“ほのおポケモン”王国の反乱による戦争も勃発し、その火種は砂漠の地全土へと広がりを見せ、彼もその戦地へと駆り出された。

仲間は、沢山死んでいった。けれど、彼だけは、決して死ぬわけにはいかなかった。生きて、手柄を立てなければ。そして、やがて自分自身で軍の指揮を取れるような立派な役職に就かなければ。そうしなければ、本当の意味で国を守ったことにはならないと思った。あの三日月祭の晩に誓った誓いが、果たされないと思った。

そして、きっとまた、彼女に会いに行くと言った、その約束も・・・。

その戦争で、サラディンが命を落とすことは無かった。強かったからではない。彼個人の力は決して弱くはなかったが、それは戦場では殆ど意味を成さなかった。ただ彼は、逃げることを覚えた。戦うのではなく、逃げて、逃げて、逃げまくるのだ。そうすれば、追いかけてきた敵の方が、勝手に流れ弾を喰らい、倒れていくのだった。彼はそうやって倒した敵たちから武器を奪い、それを自分の手柄にした。

彼の“どろぼう”は、時として、味方相手にも発揮された。ある戦いで大敗を喫し、退却を強いられたときのことだった。帰る途中、彼の一隊は、不運なことに突然の砂嵐に巻き込まれ、帰る方角を見失ってしまった。そのとき、彼らは傍にあった岩の陰で、何日も、何日も、救護のフライゴンが飛来してくるのを待つほかなかった。

サラディンの持つ水筒は、空になっていた。なぁ、と、彼は隣にいた仲間のマンキーに声をかけた。お前、まだ水あるか?しかし、仲間は何も答えなかった。鼻に耳を近づけると、仲間は呼吸をしていなかった。

サラディンは、その仲間の水筒を振った。ちゃぽっと、僅かばかりの水の音が聞こえた。サラディンは、何も躊躇せず、その水筒から水を飲んだ。戦場では、ヘタな感情は捨て去らなければならないのだ。やがて、フライゴンの救護隊が来たとき、それに乗って国へ帰ることができたのは、彼ただひとりだった。

そのあともいくつかの戦地を切り抜けたが、あるとき国に帰ると、彼は英雄と呼ばれるようになっていた。誰もが彼を褒め称えるようになり、隊長への就任も決まった。すごい、まさか隻眼のお前が、隊長になれるなんて。

そして、誰もが彼を囃し立てた。いや、もっと上の役職だ。もっと、軍全体を司るような、上の役職へ行くべきだ、と。その言葉は、彼にとっては望むところだった。道は、まだまだ険しかった。だけど、決して彼は、そこで前進を止めるわけにはいかなかった。

軍の指揮者として、彼が新たに覚えたのは、欺くことである。弱い相手に対しては、彼は敢えて、自分たちの方が弱いように見せかけた。そうすれば、油断した相手を、楽々と仕留められるのである。また、強い相手に対しては逆だった。自分たちの方がよっぽど強いように凄んでみせ、怯んだところを討つのである。“ねこかぶり”軍司の誕生であった。

だが、時々彼は不安に思うこともあった。

自分の今の道は、正しいのだろうかと。今の自分は、英雄とは呼ばれるけれど、あのとき孤児たちのヒーローであった彼からは、随分かけ離れてしまったように思えた。そして、いつしか使った“ひみつのちから”も、いつの間にやら彼の中から消えてしまっていることに気付いた。

しかし、その不安を打ち消してくれたのもまた、彼女との約束だった。必ず会いに行く・・・それまでは、もう何も余計なことは考える必要無いと、自分の心に強く訴えかけた。

そして彼が、国の外交、軍事を全て司る右大臣に就任したのは、つい一年も前のことだ。ようやく、彼は登りつめたと思った。城に呼ばれ、王の謁見を受けた。お前が、隻眼のニャルマー、サラディンか。ははっ!話はよう聞き及んでおるぞ、何とも面白きやつだと聞きうけておる。勿体無きお言葉!

「聞くところによると、貴殿は兵士として、実際の戦に赴いたこともあるらしいな。そこで問う。戦とは、一体何だ?」

突然の問いに、サラディンは自信を持って答えた。

「戦とは、戦わぬことにございまする」

「なぬ、戦わぬことだと?戦で戦わずして、何とする?」

「全く、申し上げた通りにございまする。勿論、最初の“ねこだまし”ぐらいは、私も喰らわせまする。しかし、そうして敵が怯んだ後は、あとはただ逃げるのみ。そうすれば、遅れて、慌てて追いかけてきた敵は、流れ弾にやられ、自滅しまする。私は、ただそうやって、逃げながらこれまでの手柄を立ててきたのでございまする」

「なに?貴殿よ、ただ逃げるのみで右大臣の座に登りつめたと申すか!」

呆れたような声を出す王に、しかしサラディンは続けた。

「勿論、逃げるばかりが我が策略にはございませぬ。強敵を前にして尻尾を巻くようでは、ただ追い詰められるのみ。そうした場合には、私は逃げるのではなく、逆に果敢に挑んでみせまする」

「ほう、やはり戦うのではないか?」

「いえ」

そこで、サラディンはニヤリとした笑みを浮かべた。

「果敢に挑むと見せかけておいて、そこで何も手出しはしませぬ。全兵を敵陣の目の前に並べたまま、一歩も動かぬのです」

「・・・すると、どうなる?」

「そうすると面白いことに、相手はうろたえ始めまする。・・・これはどうしたことだ?やつらめ、何か企んでおるのだな?この強い我らに恐れも見せず果敢に挑んできたとなると、必ず勝算があるに違いない・・・。そして、それから怯え始めるのです。あぁ、恐ろしいことだ、強い我々にも勝る策略があるなんて。あぁ、恐ろしいことだ、と。そこを、仕留めるのでございます」

「なんと!それはたまげた、あっぱれな話じゃ!」

その答えは、王を大いに喜ばせるものだった。

それから一頻り、王の話が続いたが、それが終わりかけの頃、王はふと、何かを思い出したような顔になった。

王は言った。

「そうだ、喜べ右大臣。今日この日のお前の就任を、我が妻が祝いたいと申しておったのだ。滅多には見れぬ美貌であるぞ・・・どれ、今直ぐ呼ぶからの、楽しみにしておれ」

サラディンは耳にしたことがあった。王妃は、王と同じブニャットだという。それも、立派な伯爵の家から嫁いだ、美しき女性であると。

しかし、その王妃が侍女のオタチらに連れられ、彼の元へ現れた瞬間。

サラディンは驚きを隠すことができなかった。そのブニャットは、彼が初めて見るブニャットではなかった。大分、姿形も変わっているように思えた。しかし、あの優しく、柔和な顔立ちは、見紛う筈がなかった。

「・・・どうした、右大臣。酷く取り乱しておるようだが・・・」

左大臣ビーダルからの言葉に、サラディンはハッとした。そして、すぐさま平静を取り繕って、こう言ったのだった。

「・・・いえ、王妃様のお姿が、あまりにも美しかったので、つい見とれてしまいました・・・」

その台詞に王妃はうふふ、と笑った。あのときと全く変らない、優しい笑みだった。

「まぁ、おじょうずですこと」

「ははは、やはり貴殿もそう思うであろう?全く、素晴らしい妻であるぞ」

そう言ってニヤリと笑った王の顔を、サラディンは直視することができなかった。どうして、どうしてなのだ。どうして彼女が、王の妻なんかに・・・。

今まで彼は、ずっと彼女のことを想って生きてきた。彼女に会いにいくため、そのためだけに、彼は今まで走り続けてきたのだ。

いや、違う。私が走り続けてきたのは、この国を守るためだ。そして、彼女を守るためだ。その守るべき彼女は、今目の前にいる。そうだ、目の前にいるぞ!・・・なんとも美しい姿で。約束は、誓いは、ちゃんと守られようとしているのだぞ。

なのに、この苦しい思いは一体何なんだ。どうにかなってしまいそうな、気が狂ってしまいそうな、哀しみの伴った、おかしい気持ちは!?もはや、彼はその場で、気が狂って叫びまくりそうだった。

しかし、彼はなんとか抑えた。王の御前で、取り乱すわけにはいかなかった。幸い、そのときまでにはしっかり訓練されていたのだ、平静を取り繕う方法を。立派な外交職に就くためには、どんなときでも冷静でいなければならない。例え冷静でなくても、冷静であると相手に思わせなければならない。そういう力が備わってこそ、初めてモノになる。そして彼は、冷酷な鉄の男と呼ばれるようにさえなっていたのだ。

けれどそのときばかりは、体の震えと、溢れる涙を、どうしても抑えることができなかったのだった。それに気付いたビーダルは、怪訝な顔をして問うた。おい、どうした、何か苦しいのか、と。しかし、王にとってそれは、たいそう愉快なことと目に映ったようだ。・・・ほう、貴殿。まさか、我が妻を見て、感涙するほどか!おぉ、これはこれは。あっぱれなやつじゃ!

そんな彼に、王妃はタタッと駆け寄った。彼女のその行動には、誰もが驚いた。彼女は、泣き崩れる右大臣を抱きかかえると、その涙を、そっと拭き取ったのだった。

「・・・まぁ、可愛らしいお方ですわね」

そして、サラディンに向かって、そう優しく微笑みかけたのだった。その笑顔を見た瞬間、サラディンは胸がきゅんと切なくなった。ある意味では、とても暖かくもあった。とても、嬉しい気もした。

けれど、あのとき同じだと感じていたものは、もうそこには無かった。美しい彼女に比べて、今の自分はなんともみすぼらしく思えた。夢に向かって、ただ真っ直ぐ、今まで突き進んできたことは、確かに立派なことかもしれない。けれどその間、いったい彼は、どれほど穢れた道を歩んできたのかわからなかった。

彼が今いる位置と、彼女が今いる位置は、全く隔てられてしまっていた。見た目には、こんなに近くにいるのに・・・手を伸ばせば、またあのときのように、ポンとやさしく、頭の上に手を置いてあげることができるのに。しかし、それは決して許されぬことであった。彼女は王妃。そして自分はただの右大臣。その距離はあまりにも遠く、決して手の届かない場所だった。

「・・・こ、これはこれは、申し訳ございませぬ・・・」

サラディンは慌てて王妃の元から離れ、畏まってそういった。王妃はまた、クスリと笑った。いえいえ、お気になさらずともよいですわ。

「ほっほっほ、実に優しい妃であろう、のぉ、右大臣」

そして、再び王は、ニタリとした笑みを浮かべて、そう言うのだった。

「ささ、王妃よ。貴殿は大事な体だ、早く下がってなさい」

そして、続けて言う言葉に驚きを見せたのは、左大臣ビーダルである。

「大事な体とは・・・はて、もしや陛下、それはおめでたきお知らせですかな?」

「おぉ、そうとも。まだ国の民には知らせておらんのだがの、ついに我が妃が、卵を孕んでおるのだ」

王のその言葉に、謁見の間に居合わせた者たちは一斉に、ワッと湧き上がった。世継ぎの誕生という朗報に、喜ばない者がいる筈がない。けれど、右大臣はもう、どう反応してよいやらわからなかった。何だか、酷く打ちのめされたような、そんな気分だった。

しかし王妃は、去り際に、またサラディンと目を合わせた。そして、よく通る優しい声で、彼にこう言ったのだった。

「右大臣、これから国を指導する者のひとりとして、我が王、我が民、我が祖国を、しっかりと守るのですよ」

その言葉で。

サラディンはようやく目が覚める思いだった。そうだ、私の道は、何も間違っていなかった。国を守る、彼女を守る、そのために今まで邁進してきたのだ。これまでも、そしてこれからも、その目標は、決して変ることがない。

「必ずや、必ずやこのサラディン、お守りしてみせまする・・・我が王、我が民、我が祖国・・・そして、お妃様も!」

そして、王妃はまた、優しい笑みを浮かべた。その笑みを見るだけで、彼は幸せだった。全てが、正しい方向へと向いている、そんな気がしたのだった。

まだ少し、胸が痛むような気がした。きっと、気のせいだ。彼はそう思って、その胸の痛みを、打ち消した。


「・・・どうしたのです?また、疲れたような顔をしていますよ?」

ふと、サラディンは現実へと引き戻された。目の前には、王妃がいた。サラディンはすぐさま、平静を取り繕った。

「も、申し訳ございません・・・私も、つい昔の思い出に浸ってしまいまして」

クスクスと、王妃は笑った。また、あの優しい笑みだった。

「兎も角、また、宜しく頼みますわ。この国の平和は、あなたが握っておられるようなものなのですから」

そしてそう言うと、彼女はサラディンの手を握った。サラディンは一瞬、またあの頃のように心がどぎまぎしてしまった。けれど、ふと彼女はもうそんな気持ちで自分の手を握ってくれているのではないだろうと思った。

しかし。

それから王妃がそれから立ち去ろうとした瞬間、サラディンは、思わず、言葉を漏らした。

「お、お待ちください、奥方様!」

言った後で、後悔した。何をしようとしているのか、自分が信じられなかった。王妃は、きょとんとした目でサラディンを見ていた。どうされました?優しい声で、そう訊ねてきた。何を言えばいいのか。何を言えばいいのか。言葉は脆い。口にすると、それは直ぐに溶けてしまう、氷のようなものだ。

しかし私は、その氷をいつまで心の中に残しておけばいいのか。もう既に、冷え固まって、体をも冷やそうとしている、意味の無い塊を。

「奥方様・・・そのぅ・・・幼き日のことですが・・・」

心臓が張り裂けそうだった。頭は、真っ赤に燃えるようだった。しかし、まだ意識はハッキリしていた。ゆっくりと、唾を飲み込んだ。その仕草が、王妃の目に、滑稽に映らぬことを願った。

「私に、おっしゃいましたよね・・・同じだよね、と・・・ずっとずっと、同じだよね、と・・・」

それを聞いて。

王妃は、とても穏やかで、優しくて、嬉しい、そんな笑顔を作ってみせた。

まぁ、懐かしいですわね・・・。

微笑を伴いながら漏らすそのつぶやきも、とても穏やかで、心がほわっとなるようだった。あぁ、この笑顔だ・・・私が、あの頃、ずっと眺めていたいと思った笑顔だ。この笑顔に再び会うために、私はここまで来たのだ。ただただ、ここまで突き進んできたのだ。

王妃は、こう言葉を続けた。

「・・・今じゃあ、私たち、もうこんなに変ってしまいましたのに・・・あなたは立派になって、そして私は、もうこんなに太って・・・月日の流れとは、早いものですわね」

それを聞いたとき。

今まで流れていた心地よい音楽が、急に鳴り止んだような気がした。

・・・違う。サラディンは思った。・・・違う、違う、そんなことではない。そんなことは、絶対に言って欲しくなかった。

ならば、ならば何なのだ?私は彼女に、一体何を望んでいるというのだ?どうした、答えは何だ?問題は何だ?

しかし、サラディンがそのとき感じたのは、絶望だったろうか。いや、違った。否定しながらも、彼は何かを理解した。そうだ、恥ずべきは自分であった。自分の中に残っていた幼い部分に、少しの失望を覚えただけであった。

くらくらとした。一体何の眩暈なのか。気のせいだ。気のせいだ。そう思って、サラディンはそれを振りほどいた。自分が今、どんな表情をしているのか、恐らく、また具合の悪いような、そんな顔になっているのに違いない。ほら、王妃様が見ておられるだろう。心配そうな目をして。

だめだ。だめだ、だめだ、だめだ。また余計な心配をさせてしまってはだめだ。サラディンは、またにっこりとした表情を作った。感情を偽るのは、今では自分の得意分野なのだ。

「・・・そうです、全くその通りです・・・しかし私は右大臣とはいえ、身なりはこのように卑しいまま。奥方様は、本当にお美しくなられました」

そして、彼はそう言った。

その台詞に、王妃はまた微笑んだ。

「そんな、美しいだなんて・・・本当におじょうずですね。でも、嬉しいわ、ありがとう」

そう言葉が返されるのは、彼にとっては、とても喜ばしいことだった。

これで、良いのだと思った。全てはうまくいっていた。良いのだ、これで・・・これで良いのだ。

やがて王妃は、王の元へ帰っていった。彼女も、今は忙しい身なのだ。つい数ヶ月前、ようやく生まれたばかりの赤子の世話もせねばならない。それも、立派な雄の赤ん坊である。きっと、将来その子が、この国を背負って立つに違いないのだ。

しっかりせねば。サラディンは思った。先程言われたように、私こそが、この国を守らねばならないのだ。そのためには、どうすべきか。

もう彼には、その答えは出ていたのだ。


部屋に戻って、窓の外を見た。もう日は、すっかり沈もうとしていた。その反対側には、先程見た月があった。

月は、あの頃と全く変らぬような輝きを持っていた。何もかもがかわっていく・・・私の気持ちも、彼女の気持ちも。そして、この国の未来も。月だけだろうか、あのように全く変らぬ輝きを持つのは。

・・・何を馬鹿な。そう思い、また彼は、情け無い自分をそうやって笑い飛ばすのであった。全て、月が悪いのだ。あの妖艶な輝きに魅せられて、ただ一瞬の迷いが、身に生じただけなのだ。

そう、ただそれだけのことなのだ。

眼帯を外し、机の上に置いた。宝石のように輝いていたあの美しい貝殻は、今ではもう、すっかりくすんだ色をしていた。

>>第十五話
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