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Pokemon QuestⅢ:砂漠の魔獣2~The Mystic Moonray~⑭ 【2008/02/08 19:05】
第十四話:隻眼の右大臣(後編)
>>はじめから >>前回の話

グレイス伯爵の言葉に、今度はサラディンも驚いてしまった。慌てて、彼は傍にいる彼女に、どういうことなの?と訊ねた。彼女は震えながら、こう言った。

「ごめん・・・サラディン・・・今まで黙ってて。あのキマワリたち・・・私の、養子の貰い当てなの」

サラディンには、わけがわからなかった。あのキマワリたちが、彼女の貰い当て・・・いかにもお金持ちそうじゃないか。だったら、どうして彼女は、僕の傍にいるんだ?どうしてまだ、彼女は孤児のままでいる?

「一度貰われたけど・・・逃げ出しちゃったの。私、孤児のままがよかったから・・・」

「・・・な、何で?どうしてさ?」

訊くと、彼女はまた、目に涙をいっぱい溜めていた。心が張り裂けそうになるくらい、いっぱい、いっぱい。

「だって・・・私、約束した!ずっと・・・ずっとサラディンの傍にいるって、約束した!」

サラディンは、何と言っていいかわからなかった。今まで彼女からそう言われてきて、うれしくない筈がなかった。なのに、今はそう素直に思うことができない自分がいた。彼女は・・・彼女の言葉は、何か間違っている、そう思ったのだった。

なぜなら、今まで彼女は、養子の貰い当てがいないのだと思っていたのだ。だけど、今はこうして、目の前にいる。だったら、彼らに貰われるべきなんじゃないだろうか。それも、あんなにお金持ちそうなポケモンたちなのに・・・貰われた方が、彼女にとっても絶対幸せな筈なのに・・・。

「もしかして、あのキマワリたち・・・悪いやつらなの?」

訊くと、彼女はぶんぶんと首を振った。とっても、いいポケモンたち・・・私のこと、すごぉく気遣ってくれるし・・・奥さんの作るお菓子も、とっても美味しくて、優しくて・・・。

「申し訳ございません、どうか幼い子だということで、許してあげてください。盗んだ物なら、私がすぐお支払い致しますから。300ポケですか?えぇえぇ、大丈夫ですとも。・・・いえいえ、ほんとにご迷惑をおかけいたしました」

サラディンは改めて、そうやって警官たちを追い返す、キマワリたちを見た。とても紳士的で、優しい感じのポケモンだ。警官たちがすっかり帰ってしまうと、伯爵は、サラディンたちのもとへやってきた。

グレイス伯爵は、サラディンと顔を合わせた。片目の潰れた顔を見るなり、また哀れな視線を送られるのかと思った。けれど、彼は全く、そんなことはしなかった。

「おやおや、キミは彼女のお友達かい?かわいいコだねぇ・・・そして、凄く逞しそうだ!」

それは、ほんとうに、ほんとうにいいポケモンのような気がした。彼らの元でなら、きっと彼女は幸せに暮らしていける。そう確信が持てるような。

サラディンは、庇っていた彼女の前から退いた。彼女は、「えっ」と言った。

「彼女を・・・幸せにしていただけますか?」

サラディンがそう言うと、伯爵はにっこりと穏やかな笑みを浮かべた。

「勿論だとも。約束するよ。男同士の約束だ」

けれど彼女は、まだ泣き止んではいなかった。

「どうして?どうしてよ!?約束したのに・・・私はずっと一緒にいるって、約束したのに!」

「・・・その約束は、もう充分果たして貰ったよ」

彼女の目を見て、優しい笑顔で、サラディンは言った。そして、彼女の目から零れる涙を、サッと手で拭いてあげた。

「・・・今度は僕が、君の約束を果たす番だから・・・いつか、必ず、僕、お城の役職に付いて、君を、この国を守ってみせるから!」

彼女は、もう泣こうとはしなかった。目はとても潤んでいたけど、必死に泣き止もうとしていた。代わりに、伯爵の隣の夫人が、ぐしゅぐしゅと涙ぐんでいた。伯爵は、神妙な顔をしながら、ウン、ウンと頷いていた。

「・・・良い志だね!きっと、君もその約束、守ってみせるんだよ!」

そして、伯爵は、彼女の手を握った。彼女は、しかしまだ、サラディンのことを見つめていた。

「ねぇ、サラディン・・・また、会えるよね?」

それには、何と答えられるのだろうか。今までお金持ちの家に養子に入ったコたちは、もう二度と孤児たちの前に姿を現したことがなかった。だって、住む世界が全然違ってしまうのだ。

けれども、サラディンは答えた。力強く、自信を持って。

「・・・あぁ、きっと会える。僕がお城の役職に就いたら、僕、きっと君の元へ、会いに行く!」

それを聞いて、ようやく彼女は、笑った。まだ、目にはいっぱい涙が溜まっていた。だけど、彼の言葉に、ようやく彼女は安心することができたのだ。

絶対、絶対会いに来てね!あぁ、会いに行く。本当に、本当だからね!あぁ、本当に本当。約束して!約束する。

そして、彼女はキマワリの夫婦に手を握られ、だんだんと、サラディンの元から離れていった。

「ねぇ、サラディン!」

だけど、もう一度だけ、彼女は、振り返ってこう言った。

「私たち、同じだよね!ずっとずっと、同じだよね!」

サラディンの目から、ぶわっと大粒の涙が溢れたのは、そのときだった。彼女のことを、ずっと見ていたかったのに、もう片方の目にも、何も映っていなかった。必死になって、涙を拭こうとした。けれど、涙は、涙は、あとからあとから零れ落ちるのだ。

そして、耳がきーんと鳴った。言葉は、言葉はもう何も届かなかった。

もう、目の前には彼女はいなかった。自分ひとりだけになっていた。彼女が最後に言った言葉も、もはや氷のように溶けて、消えて無くなってしまったかのようだった。

彼女は、もう彼の傍にはいなかった。もう、彼の手は握ってくれなかった。ずっと傍にいるよ・・・ずっと、ずっと。その声も、もう聞こえなかった。

これで、よかったのかと思った。いや、これでよかったのだ。これが正しいことなんだと、そう努めて信じようとした。なのに、彼の心は、もう酷く張り裂けそうだったのだ。

その晩、彼は仲間たちの元へ帰っても、またわんわん泣いたのだった。どうして彼がそんな風に泣くのか、彼の仲間たちは、誰も知らなかったし、慰めてやることもできなかった。

サラディンの心に空いた風穴は、サラディン自身が埋めるより他なかったのだ。


それから、数年後。

サラディンは何かに急かされるようにして、城の運営する士官学校へ入学した。親のいない、戦争孤児の彼だったが、当時の士官学校は、国の税金によって運営されており、門戸は開いていた。いや、寧ろ孤児のためにこそ開いていたというべきだろう。サラディンと同じく養子の当てのない孤児たちは、最終的には皆、そこへ行くことになったのだった。

入学の際、サラディンは、教官のグランブルたちに何を目指すのかと問われ、軍を指揮する城の役職に就きたいと宣言した。が、お前のような隻眼の者がなれるわけなかろう、軍は片目を瞑ったまま指揮できるものではないぞ、と馬鹿にされた。ちゃんと使える兵隊のひとりにでもなれるか疑わしいな、まぁ、折角士官学校に入ったからには、せいぜい国の税金を無駄にせぬよう、励むことだ。

しかし、彼は決して諦めなかった。その生活は、幼少の頃子どもたちだけで生きていたころよりも、もっともっと過酷なものだった。やがて、いつか彼女が言っていたような、“ほのおポケモン”王国の反乱による戦争も勃発し、その火種は砂漠の地全土へと広がりを見せ、彼もその戦地へと駆り出された。

仲間は、沢山死んでいった。けれど、彼だけは、決して死ぬわけにはいかなかった。生きて、手柄を立てなければ。そして、やがて自分自身で軍の指揮を取れるような立派な役職に就かなければ。そうしなければ、本当の意味で国を守ったことにはならないと思った。あの三日月祭の晩に誓った誓いが、果たされないと思った。

そして、きっとまた、彼女に会いに行くと言った、その約束も・・・。

その戦争で、サラディンが命を落とすことは無かった。強かったからではない。彼個人の力は決して弱くはなかったが、それは戦場では殆ど意味を成さなかった。ただ彼は、逃げることを覚えた。戦うのではなく、逃げて、逃げて、逃げまくるのだ。そうすれば、追いかけてきた敵の方が、勝手に流れ弾を喰らい、倒れていくのだった。彼はそうやって倒した敵たちから武器を奪い、それを自分の手柄にした。

彼の“どろぼう”は、時として、味方相手にも発揮された。ある戦いで大敗を喫し、退却を強いられたときのことだった。帰る途中、彼の一隊は、不運なことに突然の砂嵐に巻き込まれ、帰る方角を見失ってしまった。そのとき、彼らは傍にあった岩の陰で、何日も、何日も、救護のフライゴンが飛来してくるのを待つほかなかった。

サラディンの持つ水筒は、空になっていた。なぁ、と、彼は隣にいた仲間のマンキーに声をかけた。お前、まだ水あるか?しかし、仲間は何も答えなかった。鼻に耳を近づけると、仲間は呼吸をしていなかった。

サラディンは、その仲間の水筒を振った。ちゃぽっと、僅かばかりの水の音が聞こえた。サラディンは、何も躊躇せず、その水筒から水を飲んだ。戦場では、ヘタな感情は捨て去らなければならないのだ。やがて、フライゴンの救護隊が来たとき、それに乗って国へ帰ることができたのは、彼ただひとりだった。

そのあともいくつかの戦地を切り抜けたが、あるとき国に帰ると、彼は英雄と呼ばれるようになっていた。誰もが彼を褒め称えるようになり、隊長への就任も決まった。すごい、まさか隻眼のお前が、隊長になれるなんて。

そして、誰もが彼を囃し立てた。いや、もっと上の役職だ。もっと、軍全体を司るような、上の役職へ行くべきだ、と。その言葉は、彼にとっては望むところだった。道は、まだまだ険しかった。だけど、決して彼は、そこで前進を止めるわけにはいかなかった。

軍の指揮者として、彼が新たに覚えたのは、欺くことである。弱い相手に対しては、彼は敢えて、自分たちの方が弱いように見せかけた。そうすれば、油断した相手を、楽々と仕留められるのである。また、強い相手に対しては逆だった。自分たちの方がよっぽど強いように凄んでみせ、怯んだところを討つのである。“ねこかぶり”軍司の誕生であった。

だが、時々彼は不安に思うこともあった。

自分の今の道は、正しいのだろうかと。今の自分は、英雄とは呼ばれるけれど、あのとき孤児たちのヒーローであった彼からは、随分かけ離れてしまったように思えた。そして、いつしか使った“ひみつのちから”も、いつの間にやら彼の中から消えてしまっていることに気付いた。

しかし、その不安を打ち消してくれたのもまた、彼女との約束だった。必ず会いに行く・・・それまでは、もう何も余計なことは考える必要無いと、自分の心に強く訴えかけた。

そして彼が、国の外交、軍事を全て司る右大臣に就任したのは、つい一年も前のことだ。ようやく、彼は登りつめたと思った。城に呼ばれ、王の謁見を受けた。お前が、隻眼のニャルマー、サラディンか。ははっ!話はよう聞き及んでおるぞ、何とも面白きやつだと聞きうけておる。勿体無きお言葉!

「聞くところによると、貴殿は兵士として、実際の戦に赴いたこともあるらしいな。そこで問う。戦とは、一体何だ?」

突然の問いに、サラディンは自信を持って答えた。

「戦とは、戦わぬことにございまする」

「なぬ、戦わぬことだと?戦で戦わずして、何とする?」

「全く、申し上げた通りにございまする。勿論、最初の“ねこだまし”ぐらいは、私も喰らわせまする。しかし、そうして敵が怯んだ後は、あとはただ逃げるのみ。そうすれば、遅れて、慌てて追いかけてきた敵は、流れ弾にやられ、自滅しまする。私は、ただそうやって、逃げながらこれまでの手柄を立ててきたのでございまする」

「なに?貴殿よ、ただ逃げるのみで右大臣の座に登りつめたと申すか!」

呆れたような声を出す王に、しかしサラディンは続けた。

「勿論、逃げるばかりが我が策略にはございませぬ。強敵を前にして尻尾を巻くようでは、ただ追い詰められるのみ。そうした場合には、私は逃げるのではなく、逆に果敢に挑んでみせまする」

「ほう、やはり戦うのではないか?」

「いえ」

そこで、サラディンはニヤリとした笑みを浮かべた。

「果敢に挑むと見せかけておいて、そこで何も手出しはしませぬ。全兵を敵陣の目の前に並べたまま、一歩も動かぬのです」

「・・・すると、どうなる?」

「そうすると面白いことに、相手はうろたえ始めまする。・・・これはどうしたことだ?やつらめ、何か企んでおるのだな?この強い我らに恐れも見せず果敢に挑んできたとなると、必ず勝算があるに違いない・・・。そして、それから怯え始めるのです。あぁ、恐ろしいことだ、強い我々にも勝る策略があるなんて。あぁ、恐ろしいことだ、と。そこを、仕留めるのでございます」

「なんと!それはたまげた、あっぱれな話じゃ!」

その答えは、王を大いに喜ばせるものだった。

それから一頻り、王の話が続いたが、それが終わりかけの頃、王はふと、何かを思い出したような顔になった。

王は言った。

「そうだ、喜べ右大臣。今日この日のお前の就任を、我が妻が祝いたいと申しておったのだ。滅多には見れぬ美貌であるぞ・・・どれ、今直ぐ呼ぶからの、楽しみにしておれ」

サラディンは耳にしたことがあった。王妃は、王と同じブニャットだという。それも、立派な伯爵の家から嫁いだ、美しき女性であると。

しかし、その王妃が侍女のオタチらに連れられ、彼の元へ現れた瞬間。

サラディンは驚きを隠すことができなかった。そのブニャットは、彼が初めて見るブニャットではなかった。大分、姿形も変わっているように思えた。しかし、あの優しく、柔和な顔立ちは、見紛う筈がなかった。

「・・・どうした、右大臣。酷く取り乱しておるようだが・・・」

左大臣ビーダルからの言葉に、サラディンはハッとした。そして、すぐさま平静を取り繕って、こう言ったのだった。

「・・・いえ、王妃様のお姿が、あまりにも美しかったので、つい見とれてしまいました・・・」

その台詞に王妃はうふふ、と笑った。あのときと全く変らない、優しい笑みだった。

「まぁ、おじょうずですこと」

「ははは、やはり貴殿もそう思うであろう?全く、素晴らしい妻であるぞ」

そう言ってニヤリと笑った王の顔を、サラディンは直視することができなかった。どうして、どうしてなのだ。どうして彼女が、王の妻なんかに・・・。

今まで彼は、ずっと彼女のことを想って生きてきた。彼女に会いにいくため、そのためだけに、彼は今まで走り続けてきたのだ。

いや、違う。私が走り続けてきたのは、この国を守るためだ。そして、彼女を守るためだ。その守るべき彼女は、今目の前にいる。そうだ、目の前にいるぞ!・・・なんとも美しい姿で。約束は、誓いは、ちゃんと守られようとしているのだぞ。

なのに、この苦しい思いは一体何なんだ。どうにかなってしまいそうな、気が狂ってしまいそうな、哀しみの伴った、おかしい気持ちは!?もはや、彼はその場で、気が狂って叫びまくりそうだった。

しかし、彼はなんとか抑えた。王の御前で、取り乱すわけにはいかなかった。幸い、そのときまでにはしっかり訓練されていたのだ、平静を取り繕う方法を。立派な外交職に就くためには、どんなときでも冷静でいなければならない。例え冷静でなくても、冷静であると相手に思わせなければならない。そういう力が備わってこそ、初めてモノになる。そして彼は、冷酷な鉄の男と呼ばれるようにさえなっていたのだ。

けれどそのときばかりは、体の震えと、溢れる涙を、どうしても抑えることができなかったのだった。それに気付いたビーダルは、怪訝な顔をして問うた。おい、どうした、何か苦しいのか、と。しかし、王にとってそれは、たいそう愉快なことと目に映ったようだ。・・・ほう、貴殿。まさか、我が妻を見て、感涙するほどか!おぉ、これはこれは。あっぱれなやつじゃ!

そんな彼に、王妃はタタッと駆け寄った。彼女のその行動には、誰もが驚いた。彼女は、泣き崩れる右大臣を抱きかかえると、その涙を、そっと拭き取ったのだった。

「・・・まぁ、可愛らしいお方ですわね」

そして、サラディンに向かって、そう優しく微笑みかけたのだった。その笑顔を見た瞬間、サラディンは胸がきゅんと切なくなった。ある意味では、とても暖かくもあった。とても、嬉しい気もした。

けれど、あのとき同じだと感じていたものは、もうそこには無かった。美しい彼女に比べて、今の自分はなんともみすぼらしく思えた。夢に向かって、ただ真っ直ぐ、今まで突き進んできたことは、確かに立派なことかもしれない。けれどその間、いったい彼は、どれほど穢れた道を歩んできたのかわからなかった。

彼が今いる位置と、彼女が今いる位置は、全く隔てられてしまっていた。見た目には、こんなに近くにいるのに・・・手を伸ばせば、またあのときのように、ポンとやさしく、頭の上に手を置いてあげることができるのに。しかし、それは決して許されぬことであった。彼女は王妃。そして自分はただの右大臣。その距離はあまりにも遠く、決して手の届かない場所だった。

「・・・こ、これはこれは、申し訳ございませぬ・・・」

サラディンは慌てて王妃の元から離れ、畏まってそういった。王妃はまた、クスリと笑った。いえいえ、お気になさらずともよいですわ。

「ほっほっほ、実に優しい妃であろう、のぉ、右大臣」

そして、再び王は、ニタリとした笑みを浮かべて、そう言うのだった。

「ささ、王妃よ。貴殿は大事な体だ、早く下がってなさい」

そして、続けて言う言葉に驚きを見せたのは、左大臣ビーダルである。

「大事な体とは・・・はて、もしや陛下、それはおめでたきお知らせですかな?」

「おぉ、そうとも。まだ国の民には知らせておらんのだがの、ついに我が妃が、卵を孕んでおるのだ」

王のその言葉に、謁見の間に居合わせた者たちは一斉に、ワッと湧き上がった。世継ぎの誕生という朗報に、喜ばない者がいる筈がない。けれど、右大臣はもう、どう反応してよいやらわからなかった。何だか、酷く打ちのめされたような、そんな気分だった。

しかし王妃は、去り際に、またサラディンと目を合わせた。そして、よく通る優しい声で、彼にこう言ったのだった。

「右大臣、これから国を指導する者のひとりとして、我が王、我が民、我が祖国を、しっかりと守るのですよ」

その言葉で。

サラディンはようやく目が覚める思いだった。そうだ、私の道は、何も間違っていなかった。国を守る、彼女を守る、そのために今まで邁進してきたのだ。これまでも、そしてこれからも、その目標は、決して変ることがない。

「必ずや、必ずやこのサラディン、お守りしてみせまする・・・我が王、我が民、我が祖国・・・そして、お妃様も!」

そして、王妃はまた、優しい笑みを浮かべた。その笑みを見るだけで、彼は幸せだった。全てが、正しい方向へと向いている、そんな気がしたのだった。

まだ少し、胸が痛むような気がした。きっと、気のせいだ。彼はそう思って、その胸の痛みを、打ち消した。


「・・・どうしたのです?また、疲れたような顔をしていますよ?」

ふと、サラディンは現実へと引き戻された。目の前には、王妃がいた。サラディンはすぐさま、平静を取り繕った。

「も、申し訳ございません・・・私も、つい昔の思い出に浸ってしまいまして」

クスクスと、王妃は笑った。また、あの優しい笑みだった。

「兎も角、また、宜しく頼みますわ。この国の平和は、あなたが握っておられるようなものなのですから」

そしてそう言うと、彼女はサラディンの手を握った。サラディンは一瞬、またあの頃のように心がどぎまぎしてしまった。けれど、ふと彼女はもうそんな気持ちで自分の手を握ってくれているのではないだろうと思った。

しかし。

それから王妃がそれから立ち去ろうとした瞬間、サラディンは、思わず、言葉を漏らした。

「お、お待ちください、奥方様!」

言った後で、後悔した。何をしようとしているのか、自分が信じられなかった。王妃は、きょとんとした目でサラディンを見ていた。どうされました?優しい声で、そう訊ねてきた。何を言えばいいのか。何を言えばいいのか。言葉は脆い。口にすると、それは直ぐに溶けてしまう、氷のようなものだ。

しかし私は、その氷をいつまで心の中に残しておけばいいのか。もう既に、冷え固まって、体をも冷やそうとしている、意味の無い塊を。

「奥方様・・・そのぅ・・・幼き日のことですが・・・」

心臓が張り裂けそうだった。頭は、真っ赤に燃えるようだった。しかし、まだ意識はハッキリしていた。ゆっくりと、唾を飲み込んだ。その仕草が、王妃の目に、滑稽に映らぬことを願った。

「私に、おっしゃいましたよね・・・同じだよね、と・・・ずっとずっと、同じだよね、と・・・」

それを聞いて。

王妃は、とても穏やかで、優しくて、嬉しい、そんな笑顔を作ってみせた。

まぁ、懐かしいですわね・・・。

微笑を伴いながら漏らすそのつぶやきも、とても穏やかで、心がほわっとなるようだった。あぁ、この笑顔だ・・・私が、あの頃、ずっと眺めていたいと思った笑顔だ。この笑顔に再び会うために、私はここまで来たのだ。ただただ、ここまで突き進んできたのだ。

王妃は、こう言葉を続けた。

「・・・今じゃあ、私たち、もうこんなに変ってしまいましたのに・・・あなたは立派になって、そして私は、もうこんなに太って・・・月日の流れとは、早いものですわね」

それを聞いたとき。

今まで流れていた心地よい音楽が、急に鳴り止んだような気がした。

・・・違う。サラディンは思った。・・・違う、違う、そんなことではない。そんなことは、絶対に言って欲しくなかった。

ならば、ならば何なのだ?私は彼女に、一体何を望んでいるというのだ?どうした、答えは何だ?問題は何だ?

しかし、サラディンがそのとき感じたのは、絶望だったろうか。いや、違った。否定しながらも、彼は何かを理解した。そうだ、恥ずべきは自分であった。自分の中に残っていた幼い部分に、少しの失望を覚えただけであった。

くらくらとした。一体何の眩暈なのか。気のせいだ。気のせいだ。そう思って、サラディンはそれを振りほどいた。自分が今、どんな表情をしているのか、恐らく、また具合の悪いような、そんな顔になっているのに違いない。ほら、王妃様が見ておられるだろう。心配そうな目をして。

だめだ。だめだ、だめだ、だめだ。また余計な心配をさせてしまってはだめだ。サラディンは、またにっこりとした表情を作った。感情を偽るのは、今では自分の得意分野なのだ。

「・・・そうです、全くその通りです・・・しかし私は右大臣とはいえ、身なりはこのように卑しいまま。奥方様は、本当にお美しくなられました」

そして、彼はそう言った。

その台詞に、王妃はまた微笑んだ。

「そんな、美しいだなんて・・・本当におじょうずですね。でも、嬉しいわ、ありがとう」

そう言葉が返されるのは、彼にとっては、とても喜ばしいことだった。

これで、良いのだと思った。全てはうまくいっていた。良いのだ、これで・・・これで良いのだ。

やがて王妃は、王の元へ帰っていった。彼女も、今は忙しい身なのだ。つい数ヶ月前、ようやく生まれたばかりの赤子の世話もせねばならない。それも、立派な雄の赤ん坊である。きっと、将来その子が、この国を背負って立つに違いないのだ。

しっかりせねば。サラディンは思った。先程言われたように、私こそが、この国を守らねばならないのだ。そのためには、どうすべきか。

もう彼には、その答えは出ていたのだ。


部屋に戻って、窓の外を見た。もう日は、すっかり沈もうとしていた。その反対側には、先程見た月があった。

月は、あの頃と全く変らぬような輝きを持っていた。何もかもがかわっていく・・・私の気持ちも、彼女の気持ちも。そして、この国の未来も。月だけだろうか、あのように全く変らぬ輝きを持つのは。

・・・何を馬鹿な。そう思い、また彼は、情け無い自分をそうやって笑い飛ばすのであった。全て、月が悪いのだ。あの妖艶な輝きに魅せられて、ただ一瞬の迷いが、身に生じただけなのだ。

そう、ただそれだけのことなのだ。

眼帯を外し、机の上に置いた。宝石のように輝いていたあの美しい貝殻は、今ではもう、すっかりくすんだ色をしていた。

>>第十五話
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