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Pokemon QuestⅢ:砂漠の魔獣2~The Mystic Moonray~⑯ 【2008/03/15 23:55】
第十六話:三日月の化身(前編)
>>はじめから >>前回の話

灼熱の太陽が、影をも焦がさんとぎらぎらと照りつけている。それに敗れまいと、魔道士はボロボロのマントで身を庇う。

それにしても、暑い日だった。真昼の砂漠の中を、老人がただひとり出歩くということは、それだけでも充分自殺行為と言えようが、この魔道士ときたら、一昨日の晩から殆ど歩き通しなのだ。

その息はだいぶ荒く、目も疲れて、ときどきぼやける様子である。が、杖をつきながら歩くそのペースは二日前から変わることなく、彼は着実に前進していた。普通の老人ならばとっくに倒れ、枯れ枝のように萎びているところだが、流石は大魔道士と呼ばれるだけのフーディン、並みの“せいしんりょく”の持ち主ではない。

けれど、何処まで進めばよいのか。魔道士にも検討が付かなかった。彼の歩く先には、ただ白い砂の大地が広がるばかり。ところどころにサボテンのような植物が生える以外は、特に目立ったものは無い。やはり、ここに魔道士の隠里があるという情報は、虚構であったのだろうか。いや、もしかしたら隠里と名が付くだけに、魔道の力によって村ごと姿を隠しているという可能性もあった。御伽噺のようだが、しかし魔道の力こそ、御伽噺のようなものである。

だがじっさい、ンゲにとってはどちらでもよい話だった。無ければ無いで、彼の本来の目的とは、関係の無いことである。魔道士はふと立ち止まり、右の腰に下げていた皮の水筒をマントから取り出し、ぬるくなった水を一口ばかり飲んだ。そしてしっかり水筒の口を閉めると、軽く上下に振ってみる。ちゃぽちゃぽ。まだ、大丈夫だと思った。食べるものに関しても、反対側の腰袋の中にブーバー王から賜った木の実がまだ残っていた筈だ。あと二晩は、砂漠の中でも充分生き延びられそうだ。

果たして、彼のその自信に根拠があるのか、それもまた関係が無かった。ありとあらゆる迷いが、その魔道士にとっては関係の無いことだった。ひょっとしたら彼は、とんでもなく間違った方向に進んでいるのかもしれないということも考えられた。大魔道士と言えども、この砂漠の中ではひとりのポケモンにすぎない。砂漠というものは、殆ど全ての生物に対して無慈悲な存在なのである。だが、それがどうしたというのだ。

最初から間違いだと思って旅に出る者がいないのと同じように、最初から確かな自信を持って旅に挑む者もまた存在しない。旅とは常に、己の予想を遥かに越えた状況が、先に待ち受けているものである。ならば、覚悟を決めなければならない。身に纏わり付く不安や恐怖は、全て振りほどかねばならないのだ。

「魔獣め・・・」

老人は呟いた。だが、その台詞の憤りの矛先が、本当に魔獣に向けられていたのか、それは定かではなかった。ひょっとするとそれは、何の意味も無い台詞だったのかもしれない。けれど、何の意味も無いその台詞にも、彼の足を前へ突き動かすためには、無くてはならないものだったのである。

と、そのときだった。

にわかに、びゅうううっという強い風が、前方から吹きつけてきた。すぐさま水筒を仕舞い、我が顔も巻き上がる砂粒から庇おうと、マントのフードも目深に被る。だが、風は一度だけではなかった。もう一度、更にもう一度、だんだん勢いを増してゆく。

しまった、と思った。まさか、砂嵐に巻き込まれるとは。

振りほどこうとした恐怖や不安が、一同に押し寄せてきたような感覚であった。吹き飛ばされないよう、魔道士は必死にマントを押さえ、耐えた。ところが既にくたくたになった彼には、それは困難を極めることだった。直に彼の手は緩み、風でマントがはだけた。そして風は、あろうことか彼の腰から水筒や食糧の入った袋を奪い、それらを空高く舞い上げたのだった。

残っていた僅かな水が、砂嵐の中、きらきらと煌めく。その美しさは、ンゲにとっては絶望的だった。彼の命を繋いでいたものが、一瞬にして奪い去られてしまったのである。一体この後、どう彼は生き延びればいいのか。しかしそんなことを考える余裕も、この瞬間の彼には無かった。精神的な痛みの次におとずれたのは、物理的な、腹部への激しい痛みだった。

「ぐっ!?」

それは重く、そして鋭い痛みだった。刺の付いた太い棍棒で殴られたような痛みだ。ンゲはそのとき、初めて気付いた。いつの間にやら、彼の周りを大勢の何かが取り囲んでいることを。苦しみに耐え、顔を上げて見てみると、それは先程目にしたサボテンのような植物だった。点在するように生えていたそれらが、まるで足でも生えて、一箇所へ集まってきたようだ。

・・・いや、そんな筈は無い。ンゲにはわかった。それらは、植物などではなかった。ポケモンだ。サボテンに良く似た体を持つ、ノクタスというポケモンの群れである。

「・・・フフフ、我々のテリトリーへ入ったからには、生かしてはおかんぞ、ジジイ」

先程、刺の生えた太い腕で魔道士を殴りつけた相手が、彼の前で腕組みをしながらニヤリと笑って言った。いったいそのノクタスたちが何者なのか、魔道士に知る由は無かった。台詞から察するに、砂漠を往くポケモンを襲うただの暴力集団とも思えたが、暴力集団ならば、こんな昼間から襲いかかることはない。元々ノクタスとは夜行性なのだ。ならばこの者たちは、ンゲを付けねらう暗殺者であろうか。ブニャット王め、まさかこんなところにまで、追っ手を差し向けるとは・・・一体、どれ程の執念なのか。

その予想が的中していれば、かなり腕の立つ連中に違いない。が、そうでなくても、ノクタスは“あくタイプ”。“エスパータイプ”である魔道士の攻撃を全く受け付けないという、かなり相性の悪い連中だ。これが危機的状況であることに何ら変わりはない。

「・・・フッ」

が、それにも関わらず、ンゲは口元に笑みを浮かべる。怪訝な顔をする敵に、彼はこう語りかけた。

「“すなあらしの中のノクタス”という諺があるが・・・まさにその言葉通りの状況に出くわすとはな・・・」

「ほぅ?我々の名も諺の中で語られていたとは、光栄なことだな」

何を言い出すかと思えばと、少し呆れたような顔になって、敵は応える。魔道士は続けた。

「・・・尤もその諺は、砂嵐の中で敵味方の区別が付かなくなり、仲間と見間違えて近付いたノクタスに襲われることを意味するが、しかしワシはただひとり。誰が味方かなど、迷う必要が無いということだ」

「・・・ジジイ、それで我らと、真っ向から勝負できるとでも思っているのか!?」

魔道士の言葉を“ちょうはつ”として受け取ったか、ノクタスたちは怒りに目を光らせた。

「食らえ!!」

そして一斉に、魔道士に手を向ける。その先から、おびたたしい数の針が飛ぶ。“ミサイルばり”だ。

「くっ!!」

魔道士は地を蹴り、宙に飛び上がってそれらを回避した。老体と言えど、魔力によって強化された彼の足は、かなりの跳躍力を持つ。が、疲労のためか、一瞬の遅れが生じ、足の先に僅かの針が突き刺さる。

「うがぁっ!」

魔道士の口から、獣のような呻き声が漏れる。ほんの僅かでも、かなりの激痛だった。そのまま宙で姿勢を崩した彼は、背中から地面に落下する。どすっ・・・!鈍い音がした。

「・・・くぅ・・・」

仰向けに転がる魔道士。薄っすらと目を開くと、上からノクタスたちが、大変愉快そうな目でこちらを見下ろしていた。

「・・・はっはっは、骨の無いジジイだな・・・大魔道士と聞いていたからどれ程の腕かと思えば、全く期待外れだぜ」

「こら、同士。余計な台詞は言わなくていい。さっさと止めを刺すぞ」

ンゲの予想は当たっていた。やはり、暗殺者か・・・しかし今更それがわかったとして、一体何になる。ただ自分が殺されるという運命が、明確になったというだけのことである。

彼の脳に蓄えられた様々な知恵や思考が、全て無駄になっていくような気がした。それらは今まで自分が生きていく上で、大変重要なものであった。しかしそれらは、このように本当に自分が生死の境に立たされたときは、全く役に立たないものだった。このとき初めて、自分の中にあるのが、命というものたった一つであることを、彼は知ったのである。命とは、何にも守られない、何にも支えられない、とても不安定なものなのだ。我々は、そのたった一つのものだけを、大事そうに体の中に抱える、皆等しい、脆い存在に過ぎぬのだと。

いや、何を弱気になっている、じいさん。その命を支えるものこそ、守るものこそ、知恵や思考ではないのか。それが働く限り、我々はいくらだって、脱出口を見つけることができる筈だ。

魔道士の目が、カッと開いた。ぐわぁっ!!突然、敵のいくらかが呻き、ひっくり返った。他の者は、まだ何が起きたか理解できない様子だったが、ひとりが魔道士の目を見ると、悲鳴のようにこう叫んだ。

「“ミラクルアイ”だ!こいつ、“ミラクルアイ”を持っているぞ!」

彼を囲んでいたノクタスの群れが一斉に立ち退くと、魔道士はゆっくり立ち上がった。赤く光る目を持つ彼は、もうどんな敵にも攻撃を繰り出すことが可能だった。

「・・・ふっ、流石は大魔道士といったところだが・・・それで状況が一変したと思うのは、甘い考えだ!」

が、杖を振りかざし、攻撃の姿勢に入ろうとする魔道士の前で、敵のひとりが挑発的に、そう言い放つ。すると一瞬、その敵の姿は、魔道士の前から消えたような気がした。

慌てて標的を探す魔道士の体に、再び姿を現した敵の攻撃が繰り出される。“ふいうち”!しまったと思ったときには、既に遅かった。老人の体は砂嵐に煽られながら、小石のように後方へ転がっていくしかなかった。

「・・・!!」

もはや、呻き声を上げる力も残っていなかったのだろうか。杖を手放し、目からは“ミラクルアイ”の赤い輝きも失い、再び魔道士は倒れた。万事休す、正にそう呼ぶのが相応しい状況であった。

「・・・さぁて、今度こそ止めを刺してやる。ジジイ、覚悟しろ!」

敵が、五人がかりで彼の体を押さえつけた。右手、右足、左手、左足。そして目も隠された。まるで死刑台に貼り付けにされたような格好である。老人にはもう、何も考える力は残っていなかった。老人はもはや、ただの老人として、死を迎え入れるしかない状況であった。

そして、砂嵐の音が止んだ。

何もかも、終わってしまったのかと思った。彼の旅は、そこで終焉を迎えてしまったのだろうか。

彼の手を、足を、そして目を押さえるものの感覚も消えた。何もかも無くなってしまったかのようだった。体は温かく、まるで天の導きに包まれているような感覚であった。そしてどこからか、草花を思わせる優しい香りも漂ってきた。しかし不思議なことに、体の疲労感はまだ残ったままだった。

口を開こうとした。僅かばかり、呻き声が漏れた。息をしようとすれば、できないこともなかった。ただ少し、砂埃が入りこもうとして、苦しい気もした。

死とは、こういうものなのだろうか。もっと、何もかもが無くなってしまうのかと思っていた。感覚は薄れながらも、彼の体は、ばらばらにはなっていなかった。口も、手も、足も、まだ彼にはくっついていた。そして、鼓動も聞こえた。

・・・鼓動?

どくん、どくん。彼の心臓は、動いていた。おかしい。心臓が動いているということは、つまり・・・。

「おい、いつまで眠っている」

ふと、声が聞こえた。目を開くと、視界がぼやけながらも、彼を覗き込む者の顔が見えた。

それは、ノクタスではなかった。緑色の顔ではなく、黄金に輝く顔であった。そして、視力がだんだん戻ってくると、切れ長の、赤い目と合った。

「全く、無様な格好しおって。それでも大魔道士と呼ばれる程の男かね?」

「お、おヌシは一体・・・?」

魔道士は、相変わらず苦しい面持ちのままで相手に尋ねた。自分が大魔道士であることを知られているとは、この相手も敵である可能性があった。

しかし、そんな魔道士の様子に呆れたような顔をしながら、相手はンゲの元から離れ、落ち着いた物腰で歩いていった。しゃなりしゃなり。揺れるのは、黄金の輝きをもつ毛並みである。

魔道士が身を起こすと、彼の周りには、先程のノクタスたちが皆、うつ伏せに倒れていた。その背中は、炎で焦がされたように真っ黒だった。黄金色のポケモンは、その辺りに落ちていたンゲの杖を口で拾い上げると、彼を振り返ってこう言った。

「・・・殺したわけじゃないよ。ただ気絶させただけさね。起き上がらないうちに、とっととずらかるよ」

・・・とてもそうは思えなかったが。

黄金のポケモンは、ンゲの杖を銜えたまま、何処かへ歩いていこうとしていた。ンゲは先程までに受けた傷を、手に込めた僅かばかりの魔力で治し、何とか立ち上がると、慌てて追いかける。

「・・・ま、待て。おヌシ、何処へ行く気だ?」

「おや、なんだ、もうちゃんと歩けるのかい?歩けないかと思って、心配したよ」

・・・いったい、いつ心配してくれたと言うのだ?立ち止まりもせず、勝手に歩いていきおって・・・。

「あぁ・・・一応、“じこさいせい”は習得済みだからな」

「ふぅん、そうかい」

相手は、大して興味も無いように返事をした。相変わらず、足の動きは止めない。“じこさいせい”を使ったからといって、回復できる体力は、戦う前の半分程度である。ンゲには、何とか並んで歩くのがやっとであった。

そして、相手の口には相変わらず、ンゲの杖が銜えられていた。

「・・・おヌシ、ワシの杖、返してくれまいか・・・それが無いと歩き辛いのだが」

「なんだって、ただ魔道に使うだけの杖じゃなかったのかい!?まったく、ジジイだねぇ・・・」

黄金ポケモンは、一瞬立ち止まってパッと杖を離すと、また歩き始めた。杖を取り返した魔道士は、また慌ててその後を追いかけねばならなかった。

「・・・お、おヌシ、一つ尋ねたいのだが・・・」

「なんだい、どうしたんだい?」

先程と変わらぬ調子で、相手は口を開いた。

「その・・・口に杖を銜えたまま喋ってるときと、何も銜えずに喋ってるときと、喋り方が変わらないのはなぜだ?」

「ハッ、そんなこと」

再び呆れたように、相手は言う。

「あたしは実際に喋ってるんじゃないよ。“じんつうりき”で、直接あんたの心に訴えかけて語りかけてるのさ。だからだよ」

言われてようやく、ンゲは知った。

「おヌシ・・・魔道士か?」

「なんだい、やっと気付いたのかい!」

やっと、黄金のポケモンは立ち止まった。彼がそのことに気付くのを、ずっと待っていたのだろうか。そして相手は、フッと妖艶な笑みを顔に浮かべて、言う。

「だったらわかるだろう、あたしが今から、何処へ行こうとしているのかを」

そして黄金の魔道士は、再び歩き出した。ンゲもまた、それに従った。

「この先にあるよ、魔道士の隠里がね」


ふたりの魔道士が行き着いた先にあったのは、巨大な流砂である。

「ここだよ」

黄金の魔道士が言った。ンゲはそれに、不安げな顔で尋ねる。

「これは・・・流砂ではないのか?」

「流砂?・・・はぁ、見た目的に、そう言えなくもないね。本当は、巨大なナックラーが作った巣の跡なんだけど」

・・・成る程。ようやく合点がいった。魔道士の隠里とは、巨大なナックラーの巣の中に存在していたのである。道理で、地表を探しても見つからなかったわけだ。

さぁ、飛び込むよ。黄金の魔道士はそう言った。しかしンゲにとって、それは少し酷な話だ。今まで砂漠の中を歩きとおしで、砂嵐にも遭ったのに、おまけに流砂にまで飲み込まれねばならぬとは。

「安心しなよ。見た目ほど苦しくはないさ。ちょっと息を止めていれば、砂を吸い込むこともないさね。いいから、行くよ」

案内者は、そう言うと先に流砂の中にひょいと飛び込み、姿を消した。あまりに瞬間的な早さだったので、何が起こったのかわからない程であった。慣れたものである。

ンゲも、躊躇している場合ではなかった。魔道士の隠里へ行くというのは、本来の目的とは違うことだ。しかし、彼をここへ連れてきたあの魔道士が一体何者なのか知っておく必要があると、彼は思ったのだ。

そして、ここへ来るまでに、ンゲも感じていたのだ。彼の目的である三日月の化身と、魔道士の隠里には何か、大きな関係があるのではないかということを。それは、“みらいよち”でも何でもない。ただの勘か、或いは妄想とでも呼んでいいようなものだった。

妄想・・・そうだな、ワシはたった一つの、未来を予言する古文書だけを手がかりに、今までこの砂漠を旅してきた。昨日の晩に聴いた、あの地から響いてくるような魔獣の咆哮・・・その目覚めを阻止するため。今まで自分が戦ってきたのは、全てそのためだ。しかし、これまでの戦いの中で、確信を得られることは何一つ無かったようにも思える。このままで、魔獣の目覚めを阻止する、その目的が、果たしてワシごときに達成させられるものか。

だが、今はこの道を進むしかない。近道か遠回りかはわからなくても、道は前へしか伸びていない。ならば、我々は決して後退することはないのだ。この命が続く限り、例え不安定で脆くとも、それがある限り、我々は日々前進しているのだ。迷いは捨てよ。ワシは今まで、そうやって生きてきたのだ。

スッ、と、軽やかな跳躍と共に、ンゲは流砂の中へ飛び込んだ。目を閉じ、呼吸を止めた。直に体は熱を帯びた砂に包まれ、ず、ず、ず、ず、ず、という、砂の中を進む音が耳に届いた。あとは、何もわからなかった。彼の体は、決して遅くはない速度で地に沈んでいった。深く、深く。どれくらい深く沈んだのか、底には一向に辿り着けなかった。

ひょっとすると彼は、そのまま地の果てへと辿り着くのではないかとも思われた。地の果て、そこではマグマが煮えたぎり、形あるものは一瞬にして溶かされてしまうように熱い場所なのかもしれない。いや、それともそこには何もなく、ただ穴だけが延々続いているのかもしれない。底には永遠に辿り着くことはなく、ただただ落ちていく、虚無の世界。その世界で、そのまま彼は朽ち果ててゆかねばならぬのかもしれない。

しかし、当然そんなことはなかった。だんだん息が苦しくなってきたところ、ようやく彼は、落ちた砂が積もった、少し柔らかい地面に倒れこんだ。

「うっ・・・ごふっ、ごふっ!」

魔道士は、少しだけむせた。しっかり息を止めていた筈だが、最後の方で少しだけ砂を吸い込んでしまったようだ。

なんにせよ、彼は無事であった。目を開き、立ち上がって辺りを見回すと、天井が高く、奥行きも随分広い空間が広がっていた。

「これが・・・魔道士の隠里か・・・」

思わず、彼は呟いた。洞窟のようなその空間の中には、岩やレンガで造られた家々が立ち並び、ちゃんとした集落を形成していた。そこには、洗濯物が干されたり、庭のちょっとした畑に花や木が植えられていたり、また、時々子どものポケモンが楽しげに駆け回る声が聞こえたりと、確かな生活の風景が伺えた。集落の中央には泉まであり、それが里を潤していた。

それから、光である。太陽の光の全く届かないような場所でありながら、この空間は少し、明るかった。その理由が、家と家の間に立ち並ぶ柱である。それぞれの柱の先には、魔道の力、“フラッシュ”によって作られた光が、明々と照っていたのだ。その柱は、街灯とでも言うべきものだろう。

が、それら全てのものを統合したとしても、ンゲが最初に目にしたものよりは、驚くべきことではなかった。彼は、魔道士の集落や、泉や、立ち並ぶ街灯を見るより先に、ある一つのことに度肝を抜かれた。それは、その空間の壁一面に描かれた、アンノーン文字である。

いや、それは果たして、アンノーン文字なのだろうか。ひょっとしたら、アンノーンそのものなのかもしれなかった。それらは、それぞれが持つ一つの目玉を、一斉にンゲの元へ向けているような気がした。実に不気味なその風景に、彼は、始めの台詞から後、全く言葉が続かなかった。

「あのう・・・大魔道士ンゲ様、でいらっしゃいますよね?」

ふと、ンゲの前から、若く、可愛らしい声が聞こえた。壁を見つめていた視線を慌てて戻すと、彼の目の前に四本足で立つポケモンの姿があった。若い、雌のロコンである。

頭にはカチューシャをはめ、体には、レースの沢山入ったエプロンのようなものを着ている。彼女は、器用に後ろの二本の足だけで立ち上がると、両前足を差し出すようにしながら、頭を下げた。

「お待ちしておりました、ようこそ魔道士の隠里へ!」

どうやら彼女のその姿勢は、お辞儀のつもりだったらしい・・・。

「おヌシは、一体・・・」

てっきり、先程の黄金の魔道士がその場にいてくれるものと思って驚かされたンゲだったが、ロコンはそんな彼の様子には全くお構い無しに、ささ、こちらへ、と言いながら歩き出してしまった。

・・・なにやらこの態度、先程の魔道士に似ているな。

兎も角、それに従うンゲ。一体どこに連れて行かれるのだろうと思いつつも、気になったのは、壁の文字である。問うべきか、問わざるべきか、ンゲが迷っていると、ロコンの方から先に、口を開いた。

「あの壁の文字、やっぱり気になりますか?」

言われてンゲは、直ぐには答えられなかった。質問の内容が、あまりに当たり前すぎるように思ったからだ。当然だろう・・・気にならない方がおかしいというものだ。それらは明らかに、長閑な里の風景の中に、異様なまでのギャップを生み出していたのだ。あんなものに囲まれて、よく平気で暮らせるものである。

・・・尤も、我々は「慣れ」る生き物である。いくら自分の住む場所があのような気色の悪いものに囲まれていようと、長年暮らせば当たり前と感じるようになり、何も気にならなくなるのかもしれないが。

「あの文字はですね、“アンノーン文字”と言いまして、嘗てこの里よりお生まれになった、あるひとりの偉大なる魔道士さまが描かれたものなんですよ」

黙っていると、ロコンは勝手に喋り出した。どうやらこのロコン、お喋りが好きのようである。それからも彼女は、ひとりで延々と喋り続けた。ほんと、不思議な絵ですよね~。まるで、生き物みたいで。初めてご覧になる方は、結構キモチワルイとか思われる方もいらっしゃるようなんですが、よ~く見ていると、なんとなく愛嬌があって、可愛らしくも思えてくるものなんですよ、とかなんとか。

「そうそう、魔道士さまのお話ですけど、その方のお力は、素晴らしいのですよ~。なんと、未来を見通すことができるそうなんです」

「・・・ま、待て。おヌシ、今何と言った!?」

と、ロコンのお喋りの途中で、ンゲは慌てて口を挟む。ロコンは立ち止まり、キョトンとした顔で彼を振り返った。

「え?その・・・“アンノーン文字”のことですか?」

「いや、その後・・・つまりじゃな」

今の話の内容を、ンゲは全く聴いていなかったわけではない。少し頭の中で整理して、彼は再び尋ねた。

「その魔道士が、未来を見通す力を持つというのは、本当か!?」

「え、えぇ、そうですけど・・・」

「一体それは、どれ程の力なんじゃ?」

そう聴かれてロコンは、いい質問ですね、とニッコリ微笑み、まるで自慢話をするように語り始めた。

「この砂漠全土の未来を見通す程のお力なんですよ!その力から魔道士様は、預言の書を作り、ある王国に託されたのです」

・・・間違いない。ンゲは確信を持ち、また新たな質問をロコンへ向けた。

「・・・その魔道士、名は何と申す?」

そして、相変わらずの可愛らしい表情で、ロコンは答えた。

「“三日月の化身”と、私たちは呼ばせていただいております」

ガチャリ。そのとき魔道士の頭の中で、歯車が回るような、鍵穴が開くような、そんな音が聞こえたのは、決して幻聴ではなかったろう。彼の勘は、間違っていなかったのだ。彼の道は、全て正しかった。彼の中で今、運命の歯車は、大きく回り始めたのであった。

>>第十七話
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コメント
きゅうこん!
隠れ里って何だか好きですw
ひきこもりたーい…(オイ
ロコンちゃんメイドにしてひきこもりたい…エヘヘ…
ノクタス燃やすキュウコンに戦慄www
かやめちゃん出てきたーよー!かわいいよー!
よつんばい(なんという響き)でお辞儀とか…!


昨日の記事にここでコメントしちゃいますが、
私は人の読書傾向とか、感想とか読むの好きなので
すごく興味深かったです。
アメリカ古典か~。
あまり触れないかも…私はやっぱり日本か欧州のものを読む傾向があるので(^^*)
自分が触れないもののあれこれを読むのは楽しいですw
ハルキはなんだか連れていかれそうで怖い…という気持ちがあって、
未だに手をつけてないのです。
『人間失格』が読めない気持ちに近いかなぁ?
またこういう記事書いてくれたら私は楽しいですけどねwふふふ
【2008/03/16 14:51】 URL | りり #03RJxdeI[ 編集] | page top↑
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